第七話 犯人の条件

「これからはスイカが凶器だという前提で話させていただきます。そうすると、今回の犯行が突発的な犯行ではなく、計画的な犯行だと考えられます。何故なら、頭に血が上っての反抗ならスイカというトリッキーなものよりも、もっと鋭利で殺傷能力の高いものがあるんですよ」


 スイカはおそらくキッチンにあったアイスケースにしまわれていたはずだ。仮にキッチンで殺害を思いついたとしても、私ならスイカを使って撲殺をしようとは思わない。


「包丁だな。一般人なら家庭にあるもので殺そうとするなら、刃物である包丁を使用するだろうな」


 一党さんが捕捉をしてくれた。おそらくは今までの経験上、包丁を使用した殺害事件が多かったのかもしれない。


「そして、次にこの事件が計画的犯行だと仮定すると、比嘉さんと新垣さんには犯行が不可能なんです」


「何故そこで俺に絞られるんですか?」


「山井さん、あなたがスイカを持ってきたからですよ。比嘉さんと新垣さんが犯人だとすると、自分でスイカを持ってくるはずです。殺人道具を他人が偶然持ってくるのを祈るというのは、とても計画的とは言えません。

 さらに、凶器を運んできたのがあなただとすると、処分したのもあなたなんです。新垣さん、あなたは今日の早朝スイカを食したそうですか、あなたが切り分けましたか?」


「え、それは……」


 何故か新垣は答えるのをためらった。今まで殺人事件が起きながらも丁寧に証言してくれた彼女からすると、らしくない歯切れの悪さだった。


「話によれば、新垣さんがほとんど食したようですが、実際にスイカを処理したのは山井さんだったはずです。山井さんは誰よりも先にキッチンに行き、スイカを切らなければいけなかった。何故なら、今日の朝にクーラーボックスにあったのは、割れてしまったスイカだったらです」


「人間の後頭部を殴れば、スイカもただではすまないだろう。ケースの中で割れてしまっていてもおかしくない。証拠を隠滅するために彼は切り分ける必要があった」


 まだスイカというワードに一党さんは違和感を持っているようだった。しかし、私の推理を聞くうちに、現実感が増してきたようだ。


「ほかの誰かがそれに気がつけば、話題に上がるはず。しかし、山井さんはこれに関しては何も言っていません。つまり、あなたは割れたことを確認したうえで黙っていた。それは、あなたが犯人だからなんです」


 私の推理が終盤に差し掛かっていた。このまま話を続けても構わない。しかし、私は山井を見て喋るのをやめた。彼の目には、すでに光が灯っていなかった。彼の口から真実を口にするのを、私は待つことにした。


 私の願い通り、反論を辞めた山井が再度口を開きかけた。


 そして、この事件の全貌が明らかになる。


 はずだった。


「違います!」


 私は山井ではないその声に驚きを隠せなかった。それは、震えがこちらにも伝達されるようなほどか細い、新垣の声だった。


「友美ちゃん……?」


 私よりも山井が一番驚いたことだろう。自分が話そうとした内容と、全く別のことを話したからだ。


「ス、スイカは私が誠君に頼んだんです。皆で食べたいからって。それに、スイカを切ったのもあたしです。自分が一番食べると思ったから、朝早く起きて皿に取り分けたんです」


 彼女は必死に私へ訴えてきた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。彼女は認めたくはない現実と戦っている最中なのだ。


「友美ちゃん、いいんだ。俺なんか庇わなくて」


「庇ってなんかないよ。私が、私が健君を殺したんだから」


「な、何言ってんのよ友美!」


 三人はそれぞれの思いを胸に言い争った。彼女は罪を被るつもりだ。引き裂かれている若者たちを前に、私は見ていられなくなった。


 決着をつけよう。そう思い、私が推理を続けようと声をあげようとした時だった。


「新垣さん、それでは動機をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ど、動機ですか? それは……」


 新垣は一党さんの質問に、必死で答えようとしていた。しかし、いくら考え込んでも彼女の口から、答えが導き出されることはなかった。


 実はと言うと、私にも理解できていなかった。何故山井誠が親友である灰城健を殺すまでに至ったのか。殺人を犯すということは、なみなみならない理由があるのが必然だ。


「あなたが今答えることができないのは、灰城さんに何の恨みも持っていないかです。四人の間に何も起きていなかったのは全員が証言してくれました。そして、あなたは山井さんの動悸が理解できないから、これ以上言葉が出ないんです」


 新垣は慣れないことをしたせいで、息切れ寸前だった。


「友美ちゃん、ありがとう。もういいから。君は心優しい子なんだ。俺のために、健を恨もうとしないでくれ」


「ごめんなさい。私、誠君のためにっと思って。でも、できなかった」


 涙を堪えきれなくなり、新垣は涙をあふれさせた。自分のためになく彼女を見て、山井は近づきハンカチを渡した。


「悪いのは俺なんだ。もう、泣かないでよ」


 山井は涙を拭きとる新垣の頭に、軽く触れて撫でた。新垣の悲痛な泣き声が、静かなリビングに空しくも響き渡った。


「ねぇ、誠。どうして健を?」


 さっきは感情的な比嘉だったが、親友の涙を見て怒りはいったん心の奥に押し殺したようだ。今の彼女は、何故愛する人が殺されなければいけなかったのか、それを知りたいだけのように思えた。


「それは……」


 山井は黙り込んでしまった。事件をはぶらかせようといるようには感じられなかった。単純に動機について、話づらそうにしていた。相当なものを、彼は背負っていたようだ。


「よければ、代わりに答えようとは思いますが、どうでしょうか?」


 山井は自分では離せないと判断したようで、動機について目星がついている一党さんに代弁してもらうことにした。


「間違っていたら、言ってくだいさい。私は当初、山井さんが比嘉さんに好意を寄せていると考えていました。そして、恋人である灰城さんに嫉妬をし、犯行にいたったと」


 それを聞いて個人的には違和感がない推理だ。それは才色も感じていたようだ。


「恋愛関係のもつれってやつでしょ。よくあるパターンじゃない。それは違うの?」


 彼女も今までいくつも事件に遭遇してきた(解決したのはほとんど私だが)。彼女の言った通り、男女の恋愛が動機の原因だった事件はいくつもあった。


「いや、そこは当たっていたんだ。間違っていたのは、彼の愛情が向けられた先だった」


「それってつまり」


 一党さんの話を聞いて才色は心当たりがあるようだ。けれど、私は見当もつかなかった。そもそも、愛と言う感情は私が最も苦手な分野だ。だから、動機探偵の一党さんに頼るしかない。


「ああ。実例は少ないがない話じゃあない。山井さんが好意を寄せていたのは、被害者の灰城さんだったってことだ」


 その真相に私は仰天した。最近になってそういった話が世間に浸透しつつあるのは知っていた。しかし、実際にこの目で目にするのは初めてだ。


「わーお、男性同士の友情を超えた恋、ってことね」


 いつものごとく緊張感のない才色は、何故か気分が高揚しているようだ。私には理解ができない種類の話である。


「誠君、それ、本当なの?」


「ああ。ずっと前から、あいつのことが好きだった。けど、健は希恵ちゃんと付き合ってたし、ずっと心にしまっておいた。けど、日に日に感情が収まらなくなったんだ」


「それなら、どうして健を殺したの。私が憎かったんじゃないの?」


 彼女の言った通り、嫉妬心と言うことであれば、灰城ではなくその恋人の比嘉に殺意が向くはずだ。なのにどうして、灰城を殺害したのだ。


「比嘉さんを殺害しなかったのは、あなたの代わりにはなれないと思ったからではないでしょうか? 灰城さんの前からあなたがいなくなったとしても、恋愛感情が山井さんに映るとは限らない。性別の壁があるならなおさらです」


「健が希恵ちゃんのことを好きなのは近くで見てきたから一番わかってる。だから、どうせ俺のものにならないなって……。そんなことしても健が俺のものになるわけじゃないのに。でも、あのまま感情を押さえつけることに、耐えることができなかった」


 山井は歯を噛みしめていた。私は感情に疎いが、今彼がどう思っているかは何となく理解できる。殺人を犯して心が晴れた人を、私は見たことがない。


「希恵ちゃん、ごめん。健を、奪ってごめん」


 深々と頭を下げる山井。こんなことで許さるとは思ってはいないのだろう。けれど、謝らずにはいられないのかもしれない。


 比嘉は何も答えなかった。恋人の死に、それを起こした友人。彼女はこの状況を抱えきれていない。


「ねぇ、一党さん。なんで彼が被害者を好き、ってことが分かったの?」


 複雑な感情を抱え込む三人の後ろで、才色が純粋な質問をぶつけた。私も気にはなっていたが、流れを変えてまでで聞こうとは思わなかった。


「ピアスさ」


「ピアスって灰城さんがつけていたものですか?」


 四人の学生の中でピアスをつけていたのは灰城ただ一人。部屋には他にもしまわれていたが、確か亡くなるまでつけていたのは、黒い薔薇の形をしたものだった。


「ああ。失礼ですが比嘉さん、あのピアスはあなたが渡したものでしょうか?」


 真実を受け止め切れていない比嘉は、声に出さずに首を横に振って否定をしてくれた。


「二階の部屋で灰城さんの持っていたピアスを拝見したが、植物のデザインはあれだけだった」


 言われてみればケースに入っていたのは、骸骨といったオカルトチックなものが多かった。黒薔薇は色味が似ていたので、それほど気にかけてはいなかった。


「花のピアスを彼が自分で購入するのか疑問に思ってね。これは偏見も混じっているけれど、奇抜なピアスが好きな灰城さんの趣味ではないと考えた。となると、プレゼントされたものになる。けれど、比嘉さんからプレゼントされるとはとても思えなかった」


「どうしてですか?恋人がピアスを上げるのはいたって普通では?」


 一般の恋人がどんなものを送りあっているのかは分からないが、何も不自然なことはないように思える。


「あ、花言葉か。確かに黒薔薇は恋人にあげる感じじゃないね。特に束縛もしてなさそうだし」


 才色は一党さんが何を言いたのかすでに分かっているようだ。薔薇の花言葉は本数によって意味が変わるという。しかし根底にあるのは、渡す人への愛の印だったはず。しかし、黒の意味は把握していない。勉強不足だったようだ。


「名探偵なのにそんなこともわからないんだ。黒薔薇の意味は「憎しみ」とか「恨み」とかだよ」


 悍ましい単語ばかりが羅列された。不吉の象徴とでもいうのだろうか。


「それともう一つ。「あなたはわたしのもの」。という意味もあるそうだ。人の感情を読み取るために、そういったメッセージは普段から調べていてな」


 あなたはわたしのもの。今回の事件と一致している。山井は性別の壁を感じ手に入らないと思ったから、自らの手で殺害してしまった。山井は灰城を独占したいという気持ちから、おそらく罪を犯した。


「つまり、その送り主は山井さんだった」


 ようやく理解することができた。一度迷路に入りだすと、正解にたどり着くまで時間がかかってしまう癖が私にはあった。


「そういうことだ。ですよね? 山井さん」


「はい。あれは俺があげたものです。花言葉の意味通りの意図をもって渡しました」


 顔をあげた山井は素直に答えた。自分の秘密をさらけ出したからだろうか。


「独占したいほど愛しているのに気持ちは伝えていない。そこには何か弊害があったんじゃあないか。そう考えたら、今回の動機にたどり着いた」


 私には絶対に解けない謎だ。真実は嘘で塗り固められていても、真実が嘘をつくことはない。けれど人の心は正解のない不可思議なものだ。不確定な感情というものは、やはり私には難易度が高い代物だ。

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