曇天瓦解〜魔術師となった青年は仲間とともに悪を討つ〜
理科係
プロローグ 出会う前
すっぽりと暗闇に覆われた街で、ビルはそれを拒むかのように明かりを放っている。その光が幾人の命を削っているのかは、神、いや社員のみぞ知るといったところだろう。
そんなビルの上を、二つの影が走り去っている。
「ハウッハウッ!」
「待ちやがれ!」
一つの影を追いかけるようにしてもう一つの影も動いている。
追いかけられている側の方を見ると、異様なフォルムをしていた。この世のどの生物にも当てはまらない、まさしく人外である。唯一の類似点と言えなくもないのが、四足歩行であることと、大型犬並みの大きさだと言うことぐらいだろうか。
一方追いかける側の方は、そのバケモノとは対照的に普通の男の子のようだ。割と整った顔をしており、黒髪の短髪を激しく揺らしながら眼前のバケモノに離されまいと必死に走っている。
「ウアッウオッ」
「――こいつ、おちょくりやがって!」
バケモノは余裕が生まれたのか、時折少年の方を振り返りながら半笑いで煽り始めた。少年は見事にその煽りに乗っかり、怒りと持ち前の雑草魂で走りのスピードを上げ、バケモノを抜いた。
バケモノは自分を抜き去る少年を不思議そうに見つめていた。
少年はバケモノの先へ行き、少し離れたところで走るのをやめて振り返った。バケモノは一定のスピードを保ったまま、少年の方へと接近する。
「おい、さっきはよくも煽ってくれたなぁ!」
タイミングを見計らった少年の蹴りが、バケモノの顔面にめり込む。
スピードも相まってバケモノは勢いよく落下し、ゴシャッと鈍い音がしばらくして下から聞こえてきた。
確認のために少年も下に降り、バケモノの側による。
「起きろ。いつまで死んだフリしてるんだ」
少年の言葉を合図にバケモノは飛び起きた。そして少年へと突っかかる。
「グギャウ!」
「おいおい」
「ガギャア!」
「ちょっと待て」
バケモノは四足歩行から二足歩行へと姿を変えた。大型犬から人並みの大きさとなり、余った前肢を使い少年へパンチを放つ。少年はひらりひらりと躱しながらあたりを見回す。
「なぁお前、走るの好きなんだろ? だったら俺を捕まえてみろ!」
さすがにいつ人が通るかもわからない場所で戦うのはまずいと判断したのか、少年は先ほどは立場を変えバケモノから逃げ始めた。バケモノも再び四足歩行に切り替え、少年を殺すべくその後をがむしゃらに追いかけ始めた。
「……よし、ここなら大丈夫かな」
走ること数分、少年は路地裏で足を止めた。さっきまでのビル街の明るさは届いておらず、微かに照らす月明かりだけが頼りだ。
数秒遅れてバケモノも路地裏へと入る。少年を視認すると、一直線に駆け出した。
「ウガギャア!」
絶対に殺すと言わんばかりの雄叫びと共にバケモノは地を蹴った。空中で拳を握り、そのスピードの乗った拳が少年の顔めがけて飛んでいく。
少年は冷静に相手を見つめ、左手で軽く丸を作り腰へ添えた。
その姿は、まるで刀の鞘を握るかのように見えた。
「――雷切」
落ち着いた声で少年は言った。
すると、さっきまで何も無かった左手の丸の中に急に刀が現れた。すかさず右手で刀を抜き、バケモノの拳をいなす。
間髪入れず少年は即座に刀を両手で持ち直す。
「アー?」
バケモノは何が起きたのか分からないようだった。しかし特に考える様子もなく、再び怒りに任せ絶え間なく拳を繰り出す。少年もそれを刀で受け止め、弾くたびにキンという鋭い音が暗闇の中に強弱あるリズムとともに響く。
戦い始めて五分が経過。次第にバケモノのパンチのキレもスピードも落ちてきた。怒りによるドーピングはそう長くは続かなかったようで、だんだんと息も切れ始めてきた。
少年はその様子を見逃さなかった。
疲れて大振りになるパンチを刀で受け止め、そのまま押し返す。思わずバケモノはよろめき、それをチャンスと言わんばかりに少年は接近する。
地を蹴る少年は空中で刀を振りかぶり、そのままバケモノへと振り下ろす。
「落雷」
瞬間刀身は電気を帯び、そのままバケモノへと振り下ろす。バケモノは真っ二つに裂け、切断面は焦げ、煙が出ていた。
無事死んだのを確認して刀を鞘にしまうと、刀ごと消えた。
それと同時に携帯が鳴る。名前の部分には「ストレス」と書かれてあった。
軽く溜息を吐き、少年は電話に出た。
「
「お疲れ様です、クs……じゃなくて
電話の向こうから覇気のない声が聞こえた。声から察するに男性のようだ。
「あれ、今ナチュラルにディスりそうになった?」
「そんな訳ないじゃないですか。それで何のようです?」
「任務終えたか電話したの。どう? 終わった?」
「ちょうど終わったところです。これから帰ります」
偉久保は電話をしたまま歩き出した。
「お、そりゃあ良かった。回収するから場所教えて」
偉久保はまわりを見渡して確認する。
「南区のビル街の路地裏です。トネテックのビルが目印になるかと」
「オッケー。後で回収させに行くよ」
「じゃ、もう切りますね」
「あ、ちょいまち!」
「……まだ何か?」
偉久保は気だるそうに答えた。喋りながらも歩みは止めず、裏路地の細道から大通りへと出た。
「君明日高校に入学だろ。そこで人生の先輩から一つアドバイスをと思ってね」
「だったら転入前日に任務を入れないでください」
「あはははっ、ごめんね」
「それで、アドバイスってなんです?」
「ずばり! 友達は作った方がいいよ」
「…………は?」
偉久保は歩みを止めた。アドバイスだと言うから真面目に構えてたのが馬鹿みたいだった。
自然と眉間に皺が寄る。
「まあまあ、そう怒んないの」
片無は偉久保の表情を見透かしたかのように宥めた。偉久保の顔から皺がひき、再び歩き出す。
「ほら、君はまだピチピチの高校生なんだからさ」
「それと友達作りとなんの関係があるんですか?」
「あるよ。いた方が楽しいじゃん、何かあった時頼れるじゃん」
「俺は自分でできるから必要ないです」
「まーた意固地になっちゃって。とにかく作ったほうがいいのは事実だよ、じゃ楽しんで!」
そういうと片無は電話を切った。
「あ、ちょ……ったくいつもこうなんだから」
偉久保は切り終わった携帯にぽろっと愚痴をこぼした。
「友達か……」
遠い目をしながら偉久保は呟いた。
そして悶々とする思いをかき消すように急に走り出した。
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