第38話麗奈さんの事情

 ……ど、どうする?


 こんな状況のなのに……。


 俺の頭の中は……こう思っていた。


松浦さんに似ているなと……いや、逆か。


松浦さんが年とったこんな感じなのかな?


「「「こ、こんばんは……」」」


「…………」


「…………」


「…………」


 見事に重なってしまった……。


「え、えっとですね……帰ります」


「えぇ!?そ、そんな……」


 麗奈さんが、物凄く残念そうな表情をしている……。

 ん?俺がいた方がいいのか?

 家族と仲が良いけど……微妙みたいなこと言っていたな。

 よし、これも恩返しの一種だ。

 麗奈さんの良いところや、仕事振りを俺がお伝えしよう。


「では、俺もいた方がいいですか?」


「うん!えへへー……お母さん、とりあえず上がってもらえる?」


「え、ええ……まさか、こんな日が来るなんて……」


 何か、盛大な勘違いをされている気がする。

 

これは、一刻も早く誤解を解かなくては……!




 丸いテーブルを囲んで、三人で座る。


 ……俺から言った方が良さそうだな。


「初めまして、水戸侑馬と申します」


「は、初めまして、松浦万里子と申します」


「松浦さんとは、会社の上司と部下という関係でございます。もちろん、松浦さんが上司ですね」


「そ、そうなのね……松浦!何をぼけっとしてるの?」


「はっ!?ご、ごめん!何か、何がなんだか……あぅぅ」


「相変わらずね、私生活になるとこれなんだから……」


「なるほど、プライベートは昔から……」


「水戸君——」


 あっ——氷の女王の顔になった。


「す、すみません!」


「もう! いいわよ、別に……」


「ふふ、仲が良いのね?」


「いえ、そういうわけでは。俺は松浦さんとお付き合いをしているわけではないのです」


「え?あら、そうなの?」


「ええ……今日は、日頃からお世話になっている松浦さんにお礼をしていたのです。料理を教えて欲しいということで、お邪魔させてもらってます」


「そ、そうだったのね……勘違いしちゃったわ」


 フゥ……どうやら、誤解は解けたようだ。


「松浦さん、誤解が解けました……松浦さん?」


「むぅ……」


 はて?何を膨れているのだろうか?

 

突きたくなるが、怒られるよな?


「……なるほど、麗奈も大変そうね」


「はい?」


「お、お母さん!な、何しにきたの!?」


「何って、メール見てないの?」


「え?あっ——来てた……」


「昼前に送っても返信がないから……部屋で倒れてるんじゃないかと思って」


「ご、ごめんなさぃ……」


「すみません、俺のせいです。午後の時間は、お嬢さんを連れ回してしまいました……」


「あ、貴方が頭を下げなくても……良い方ね?」


「そ、そうなの!仕事でもね!頼りになって……いつも助けてもらってるのっ!」


 何というお言葉だろうか?

 

尊敬する上司に言われ、これほど嬉しい言葉はないのでは?


「ありがとうございます」


 心を込めて、感謝を述べる……。


「まあ、無事だったなら良いわ。部屋の片付けもしようかと思ったけど……必要ないみたいね」


「そ、それは……」


「あれ?……俺が来るから綺麗にしてくれたんですか?」


「あ、あぅぅ……」


「この子、片付けとか上手じゃないからねぇ……頑張ったのね」


「はぅぅ……」


「そうだったんですね。ありがとうございます、松浦さん」


「げ、幻滅しない……?」


「別にしませんよ。向き不向きがありますから。あと……俺にも姉がいますし」


 姉貴の部屋はカオスだったからな……今は、そうでもないけど。


「ほっ、良かったぁ……」


「水戸さんとお呼びして良いかしら?」


「ええ、もちろんです」


「会社で、麗奈はどうですか?この子は気を張ってしまうところがあるので……言い方がきつかったりしない?」


「そうですね……部下の仕事をきちんと評価する良い上司だと思います。言い方ですか……たしかに、少しきつい面はありますが」


「何も言えない……」


「……本当はのんびりした子なんです。少し抜けてるとこもあるけど、優しくて家族想いの子なんです。ただ、家族のことで、この子には苦労ばかりかけてしまって……お金の面などもあり、必死に働いてくれて……ご、ごめんなさいね……初対面の方に話すことじゃないわね……中々、こういう機会もないもので……」


「いえ、わかります。麗奈さんが優しい方だということは……」


 ……そっか。

 詳しくはわからないけど、お金がないのはそれが原因か……。

 親に仕送りとかをしているのだろうな……えらいなぁ。

 俺なんか、会いにもいかないのに……母さんに連絡してみるか……。


「お母さん……私、後悔してないよ。弟のこと、お父さんのこと、お母さんのこと。私が、自分で決めたんだから。だって……家族だもん」


「……麗奈……で、でも、こんな素敵な方がいるのに……」


「だ、だからっ!そ、そういうアレじゃなくて、アレ?でも、そういうアレになりたいというか……あぅぅ……」


「あっ——オーバーヒートしたわ」


「ハハ……」


 俺もオーバーヒートしそうですけどね?

 一見落ち着いているように見せかけているが……。

 頭の中はパニックになっている。

 なぜ、麗奈さんの母親と会っている?

 状況がおかしすぎて、逆に冷静でもある。

 ……いや、意味わからん。


「水戸さん……遅くなりましたが、麗奈がいつもお世話になっております」


「いえ、こちらこそお世話になっております」


「さっきは何をしていたのかしら?」


「え?ああ……料理を教えていまして……」


「そういえばさっき……男の人なのにすごいわね?」


「実家が料理屋だったもので……」


「御両親が健在なのね……お姉さんもいると……長男かしら?」


「え、ええ……姉がいるだけですね」


 ……なんだ?この質問……。

 しかも……何か面接でも受けてる気分になる。


「そうなると……」


「お母さん!!」


「あら、帰ってきたの?」


「もう!いいでしょ!」


「はいはい」


「水戸君!気にしなくて良いからねっ!?」


「は、はい……」


 いまいち状況はわからないが……。


 何だが、悪い気がしていない自分に気がついた……。


……おそらく——少しだけだが、麗奈さんのことを知れたからだと思う。

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