第37話麗奈さんとデート~後編~

 その後、中学生のようにはしゃいでボウリングを楽しんでいた俺達だが……。


 やはり……実年齢には勝てなかったようだ。


 そう——我々はアラサーなのだ。


 つまりは……。


「う、腕が……!」


「うぅー……」


 調子に乗って、3ゲーム以上やってしまったのが痛かった……。

 つい楽しいのと、麗奈さんが上手くなっていくので、熱が入ってしまった……。

 ちなみに……隣のレーンでは、学生達が6ゲーム目に突入している……。

 それも疲れなど見せずに……若さってこういうことか。


「歳を感じますね……」


「そうね……たった10年くらいなんだけど……」


「言いたいことはわかります……でも、やはり違いますね」


「でも……」


「ええ……」


 俺と麗奈さんは、顔を見合わせて……。


「「楽しかったです」」


 二人同時に言い、笑いあうのだった……。




 その後、しっかりとストレッチをして終わりとする。

 ここは、とても大事なことだ。

 これをやるとやらないでは、翌日に大きな差がでる。


「じゃあ、私が……」


「いえ、俺に払わせてください」


「で、でも……カラオケだって払ってもらったのに……」


 カラオケの時は、麗奈さんがトイレ行っている間に会計を済ませたからなぁ……。

 うーん、どうすれば納得してもらえるだろうか?

 ……ここは、押してみるか。

 ここは……場所が悪いな……それに会計待っている人に迷惑だ。


「麗奈さん、ちょっと……」


 麗奈さんの手を取り、場所を変える。


「っ——!!」


 ん?何か声が漏れたような……?

 まあ、いいや。

 迷惑にならない場所……あった。

 人が少ない場所で、壁際のほうに麗奈さんを誘導する。

 壁に手をつき、麗奈さんを力強く見つめる……。


「み、水戸君……?」


「麗奈さん……」


「ダ、ダメよ……!」


「いえ、ダメではありません」


 必ず、俺が払ってみせる。


「あぅぅ……強引だわ……」


「ええ、そうでもしないと了承しなそうなので」


 麗奈さんは歳上で上司ということもあって、奢られることがないからな。


「な、なんで、いきなり……」


「いえ、昨日から思っていたことです」


 日頃からお世話になっているお礼に、今日は俺がお金を払おうと。


「ふえっ?そ、そうなの……?」


「ええ、実はそうなんです」


 ここで押し切れば、この後の会計がスムーズに進む。


「え?え?で、でも……まだ、そんなアレじゃないのに……」


「水臭いこと言わないでください。俺と麗奈さんの仲じゃないですか」


 一緒に仕事したり、お酒飲んだり……少しは仲が良いと思って良いよな?


「み、水戸君……は、はぃ……わかりました……」


 よし!押し切った!


「言質は取りましたよ?……麗奈さん?」


「ふえ?」


「ほら、行きますよ……なんで目を瞑っているんですか?」


「え、えっと……?」


「俺が払うって事で解決しましたよね?もう、決まりですからね?」


「あっ——はぅぅ〜!!」


 両手で顔を押さえて、しゃがみこんでしまった……。

 何故だ?……耳まで真っ赤になってるし……。


「あの……麗奈さん?」


「水戸君の——バカァ〜!!」


「ちょっと——!?何処に行くんです!?」


「お花摘んでくるのよぉ〜!」


 おっと、そうだったのか。

 やれやれ、デリカシーがない……こんなんだからモテないんだよなぁ。




 今がチャンスだと思い、俺は手早く会計を済ませる。

 よし、これで目的を達成したぞ。

 疲れたので、入り口の自動販売機の前でジュースを選んでいると……。


「み、水戸君!」


「あっ、麗奈さん」


「か、会計は……?」


「終わりましたよ」


「も、もぅ……あ、ありがとうございます……」


「いえいえ、これくらいはさせてください」


 そう言いながら、俺は紅茶とコーヒーを選ぶ。


「二個も飲むの?」


「いえいえ、どっちが良いですか?」


「わ、私に……?」


「ええ、もちろんです」


「……じゃ、じゃあ、紅茶で……」


「はい、どうぞ」


「ありがとぅ……」


 何故、紅茶一つで畏まっているのだろう?

 きちんと礼も言うし、律儀な方だな。





 その後、車に乗りこみ……。


「さて……夕方になりますね」


「五時だもんね……早いなぁ……」


「買い物は、前会った場所に行きましょう」


「懐かしい……って言うほどじゃないね」


「いや、気持ちはわかりますよ」


 あの日はびっくりしたからなぁ……。

 その後、気まずくない沈黙の中、車は走っていく……。




 スーパーに到着し、カートの中に食材を入れていく。


「何がいるかな?」


「卵はありますか?」


「うーん……少しだけあるかも……」


「ん?確認はしていないんですか?」


「ご、こめんなさぃ……作ったりしないから……」


「いえいえ、気にしないでください。最近では珍しいことじゃありませんから」


「そ、そうよねっ!私が働けばいいもんねっ!」


「はい?」


「あっ——な、なんでもなぃ……」


「はぁ……」


 何故、頬を染めるのだろう?

 やはり、女性というのは謎が多い……。

 というか……これって——新婚みたいだな……。

 ……いやいや!失礼だから!



 先ほどのやり取りがあったので、スムーズに会計を済ませる。


「本当にいいの……?」


「ええ、もちろんです」


「でも、飲み物とかデザートもあるし……」


「俺が飲みたいし食べたいから良いんですよ。余ったら、食べてくださいね?」


「水戸君……うんっ!」


 よかった……女性だから、きっと好きなはずだし。

 きっと、普段は我慢をしているのだろう。

 これくらいで喜んでくれるなら安いものだ。




 買い物を済ませ、麗奈さんの家に到着する。


「車で5分くらいか……前、歩いてきましたよね?」


「うん、45分くらいかかったかなぁ……」


「偉いですね……俺も運動しないとな」


「デスクワークって身体固くなるもんねー」


「そうなんですよ、肩凝りとかもあるし……」


「私も肩凝りが酷くて……」


 ……そりゃ……立派ですもんね……。


「……………」


 俺は視線が行きそうになるのを必死で堪える……!


「水戸君……?あっ——そ、そういうアレじゃないからね!?」


「俺は何も言ってないです」


「むぅ……」


 ただでさえ、今から色々大変なのに、そんなこと考えてる場合じゃない。

 女性の部屋に入るって……何年振りだ?

 階段を上って、麗奈さんが鍵を開ける。


「ど、どうぞ……狭いところですが……」


「お、お邪魔します……へぇ……」


 この間も思ったけど、狭さの割には綺麗にしてるな。


「あ、あんまりジロジロ見ないで……」


「す、すみません……」


 いかんいかん、相変わらずデリカシーがないな。


 冷蔵庫に物を入れて、居間にて一息つく。


「1DKですか?」


「うん、トイレと風呂は別だし……広くなくて良かったから」


「確かに……何も置いてないですね……」


 テレビとパソコンくらいで、本棚とかタンスなんかもない。


「お金がもったいなくて……」


「そうですか……」


 これは聞いて良いことじゃないよなぁ……。

 何より……さっきから部屋中から良い香りがして……。

 頭がどうにかなりそうだ……。


「え、えっと!どうしようかな!?」


「そ、そうですね!」


 時計を見ると……六時を過ぎていた。


「つ、作りましょう。時間もアレですから」


「そ、そうね!」




 ……俺はすぐに後悔した。

 何故、この部屋で作ることを了承した?

 キッチンは通路にあるので……狭い。

 つまりは……密着せざるを得ない……!


「み、水戸君……こう?」


 心頭滅却、南無阿弥陀、ニヨーレンキョー……違う気がする。


「ええ、包丁は真っ直ぐにトントントンです」


「トントントン……」


「あっ、そうじゃなくて……失礼します」


 後ろから抱きしめるように、麗奈さんの手を取る。

 ……嗅ぐなよ?俺。

 息をするなよ?俺。

 我慢してくれよ?……息子よ。


「あっ——は、はぃ……」


「トントントンです……」


「トントントン……えへへ……」


 一通り食材を切り終わると、麗奈さんが……。


「どうしましたか?」


「楽しいなって……」


 麗奈さんはそう言って振り向く……。

 俺は、その笑顔に吸い込まれそうになる……。


「み、水戸君……?」


「麗奈さん……」


「麗奈ー!?いないのー!?」


「おわっ!?」


「ひゃあ!?」


 ……あっぶね——!!

 今、何をしようとした!?

 ……いや、その前に……。


「今の声は……?」


「お、お母さん!?」


「なんだ、いるのね。開けるわよー」


「ま、待って!」


 その声も届かず、ドアが開く。


「麗奈、部屋は綺麗に……してるわね。一体……あら?」


「こ、こんばんは……」


「あぅぅ……」


「…………誰?」


 ……そりゃ、そうなりますよね。


 俺は何か言おうとして……関係性がわからなくなった。


 上司と部下?友達?知り合い?……恋人ではない。


 三人で顔を見合わせたまま、時が止まるのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る