第69話 エピローグ


 常闇に包まれているはずの、ファースト・フロントに明るい喧噪が広がっている。

 目抜き通りから一歩入った路地裏の飲み屋街には、風情溢れるランタンの炎があちらこちらでゆらめいて、まるで夜空を彩る星のように浮かび上がっていた。


 暖色の光に照らされた屋台の傍に、余った木箱で作られたテーブルセットがあった。

 ティナ達はそこを陣取って、トゥリゴノ退治の打ち上げを行っていたのだった。


「えー、では僭越ながら、うちことクラリーナ・フィア・マギステアが音頭を取らせていただきます。この度の諸君の活躍はまこと目を瞠るものがあり……」


「——かんぱーい!」


「あっ、こらレッドちゃん!」


 レッドがジョッキを掲げ、ティナとグレインもそれに続く。

 こんななりでも一応成人しているクラリーナもまた、慌てたようにビールのグラスをカチンと打ち鳴らした。


 木箱の上にはすでに様々な飲み物と食べ物が広げられている。

 そこへ屋台の店主がやってきて、にこにこと笑った。


「あんたらすごいな、第三層の禱手ゼトを倒したんだって?」


「ま、半年後には復活しちまうがな」


 ノンアルコール・エールを飲んでいたレッドが苦笑する。

 そう、トゥリゴノは復活する。

 一片でも肉が残っていればそこから再生するのだ。

 ただし核を砕いてしまえばいかに強力な再生能力といえど、完全復活に半年はかかる。

 その間、探索者は少なくとも第三層で禱手の脅威にさらされることはなくなる。

 なので冒険者組合からその功績をたたえられたブルーローズには、たんまりと報奨金が出た。

 この打ち上げ代もその一部が使われているというわけだ。

 禱手ゼトが復活する、という事実を探索者の身ではない店主はぴんとこなかったようだった。


「なんかよく分からんが、めでたいことはめでたいんだろ? これは俺からのお祝いだ」


 ことっと皿が置かれる。

 テーブルがにわかに沸いた。


「わぁ、ありがとう、おっちゃん——ってこれ、ハミスタやんか!」


 丸々と太ったネズミのような肉が、丸焼きにされている。

 手足はおろか頭もそのままで、確かにちょっと生々しい。

 ビールをちびちび飲みながら、クラリーナは眉を顰めている。


「これ、可哀想なんよなぁ……」


「でもうまいぜ?」


 グレインは早速、パリッとした皮を食い破っている。

 もちろん例によってマスクは外さず、器用に食事していた。


「そうなんやけどさぁ……。もぐ……うま……もぐ」


 なんのかんのと言いながら、ハミスタの照り焼きを頬張るクラリーナ。

 その様子を見て、ティナは微苦笑を浮かべた。


「一週間前もそう言いながら食べてたよね」


「え? なんでティナが知ってんだ?」


 耳ざといレッドにティナはぎくりと肩を強張らせる。


(しまった、あれはレッドに内緒で尾行していたんだった——)


「ああ、えっと、グレインから聞いた」


「ええ?」


「お前……また出歯亀してたのか」


「ええええっ!?」


 困惑したグレインの声が飲み屋街に響き渡る。

 ティナは胸中でグレインにそっと謝った。




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第三章『隻浄眼の乙女』読了ありがとうございます。

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