第63話 流れを読む


「クラリーナ」


『あっ、な、なに?』


 戦いの様子を見て呆気に取られていたのだろうか、クラリーナがはっと我に返ったような口調で返してくる。

 ティナは彼女の戦意を奮起させるように、語気を強めた。


「エンマガルムを斃すには、圧倒的な火力が必要。あなたの魔法しかない」


 映像盤に映るアンティ・キティラはしばらく動かなかった。

 だがやがてその魔晶球がきらりと光ったような気がした。


『——フッ、やっとうちの出番ってわけやな』


同士討ちフレンドリ・ファイアは避けて。なおかつエンマガルムに再生の隙を与えないで、斃すの。できる?」


『誰に聞いてんねん。うちはクラリーナ・フィア・マギステア。——泣く子も黙る、美少女魔術師や!』


 相変わらずの強い自信が漲っている。

 ティナは再びレティクルを睨んだ。


「援護する。あいつをやっつけて!」


『——了解や!』


 ティナは左前方の岩陰に移動した。

 射線を変えて、頭部や背部への射撃を繰り返す。

 狙撃が再開されたと知ったエンマガルムは、警戒心も露わな唸りを上げ、グレインとの力比べを早々に切り上げる。


『うおっ、コラ、このトカゲ野郎!』


 たたらを踏んだレギオンのすぐ上を、ティナの狙撃がくぐり抜ける。

 頭部を狙った一撃だったが、予期していたように素早く身を翻された。

 結局それは首の辺りの棘を削っただけで終わる。


『レッド、グレイン、離れえ!』


 クラリーナの一喝が響く。

 レッドとグレインはそれぞれ後ろに大きく跳び退いた。


 そばにいたアンティ・キティラの魔杖が激しい光の奔流に包まれている。

 足元から砂鉄の嵐が巻き起こった。

 ティナはその動きを注視する。

 床や壁から生えている水晶を前にしても、砂鉄の動きは一分の乱れもない。


「音叉水晶が反応してない……?」


『いや、違うな』


 エンマガルムの気を引きように動き続けているレッド・ロードから声が響く。


『あいつ、完全にエーテルの流れを読んでる』


「エーテルの流れ?」


『浄眼だよ』


 言われて、ティナは思い出した。

 クラリーナの右目——金色の“浄眼”。

 あれでクラリーナはエーテルの流れを読み、音叉水晶によって乱されたその瞬間から、魔素マナの波動を調整し、エーテルの動きを制御しているのだ。


『磁力の戦士たちよ 我が元に集え ——磁力兵団招集オーダー・マグネット・スカードロン!』


 砂鉄が一箇所に集まる。

 それが無数に分裂した。


『アックス・オーダー!』


 生み出されたのは黒い戦斧だった。

 クラリーナが魔杖を横に大きく振ると、数え切れないほどの斧が一斉に、エンマガルムめがけて投擲された。


 それはまるでトマホークのようだった。

 動きの読めない広範囲の攻撃に、エンマガルムが一瞬だじろぐ。

 その隙を突くように、斧はエンマガルムの皮膚を切り裂いていった。


 ——グギャアアッ、と甲高い悲鳴が上がる。


 エンマガルムの巨体のあちこちで血飛沫が上がっていた。

 クラリーナの『アックス・オーダー』は切断性に優れるようだ。

 それに打撃力もある。

 なにせあのエンマガルムの硬い皮膚を、紙のように切り裂くのだから。


(しかも再生が遅い——!)


 裂かれた皮膚はじわじわとくっついているものの、なかなか完治はしなかった。

 その間にブーメランのように返ってきた斧が、再び傷口を開いていく。

 これも魔法の為せる技か、実弾での攻撃とはダメージ度合いも比べものにならない。


『いっくでぇ——ランス・オーダー!』


 斧が一瞬砂鉄に戻り、今度は数本の大槍に変化した。

 その穂先はそれぞれが背部を狙い澄まし、殺到する。


 エンマガルムが絶叫とともに仰け反った。

 槍は皮膚を破り、肉を貫いて、エンマガルムを地面に縫い止める。

 それでもこの聡い魔獣は驚くべきことに、致命傷を避けたようだった。


 そして——見逃さなかった。

 槍が一本だけ、水晶に当たって、砕けた様を。


 エンマガルムは巨体を振って、乱暴に槍を地面から引き抜くと、そのまま大きな水晶の陰に飛び退った。

 あの一瞬で悟ったのだ、音叉水晶が魔法に及ぼす影響を。


 しかしアンティ・キティラの毅然とした態度が崩れることはなかった。


『——はっ、甘い甘い、甘ちゃんや!』


 クラリーナは再び磁力兵団招集オーダー・マグネット・スカードロンを生み出した。


『アロー・オーダー!』


 今度は矢だ。

 それも全方位を囲むほどの数がある。


 派手な魔法の連続に、しかしエンマガルムは冷静そのものだった。


 迫り来る矢に対して、後ろ足で大きな水晶を蹴りつける。

 破片はエンマガルムの巨躯に降り注ぎ、それぞれが魔素の波動を伴って、エーテルの流れを掻き乱す。


 矢の数が多い分、制御しきれなかったものから、次々と魔法の形を失っていく。

 矢から砂鉄へ、そしてその砂鉄さえも消え失せて、初めからなかったかのように空気へ溶けてしまう。


「クラリーナ……!」


『心配ご無用や』


 ティナの不安げな呼びかけに、返って来た声は力に溢れていた。


 アンティ・キティラが魔杖を振り下ろす。


『乗算——ランス・オーダー!』


 消え失せたはずの魔法が、空気を揺らがせた。

 次の瞬間には矢があった場所に、新たな槍が生まれていた。


 ティナにも、そしておそらくエンマガルムにも、何が起こったのか分からなかった。


 瞬く間に起こった不可思議な現象は——そのまま鋭い切っ先となって、エンマガルムにさらなる傷を負わせる。


 地鳴りのような魔獣の悲鳴が響く。

 ブラウ・ローゼの装甲がびりびりと震えるほどだ。

 だが居竦んでいる暇はない。ティナはフレイミィ・クインリィの銃口を定める。


『いい加減、こっちも相手してくれよ!』


 レッド・ロードが細かく立ち回りながら、ニードルとスピットファイアの二段構えで牽制する。

 激痛に冷静さを欠いたエンマガルムが思わずレッドに気を取られた瞬間、真横から大鎌——カンケルシックルが襲いかかる。


『——オラァ!』


 エンマガルムはすんでのところで身を躱した。

 だが傷のせいかよろめいて、水晶の陰から出てしまう。


 そこへ120ミリ砲弾が飛んだ。

 先ほどと同じ足の付け根を破壊され、怒気をふんだんに含んだ咆哮を上げた。人間なら『やりやがったな』という文句が聞こえてきそうだ。

 ならば答えてやろう。



 ティナは冷徹にトリガーを引き絞る。

 反対側の足も狙撃され、エンマガルムはどうっと音を立て、完全に地面へ倒れ伏した。


 胴体の深い傷のせいか、足の再生が格段に遅い。

 ここで致命傷を与えれば——


『うちが出る!』


 瞬間、アンティ・キティラが飛び出した。


『ファランクス・オーダー!』


 砂鉄の嵐の中から、大盾と槍が生まれる。

 クラリーナはそれを構えて、自らエンマガルムへ突撃していったのだ。


 本来、後衛の魔装兵が前に出ることなど前代未聞だ。

 しかし誰も止める者はいなかった。

 レッドは牽制を繰り返し、グレインはエンマガルムの尾を鎌で縫い止め、ティナはクラリーナが射線に入らぬよう、エンマガルムの肉を狙撃で削り取っていく。


 皆、何も言わずとも、理解していた。

 否、信じていた。


 深手を負って尚、頑丈な体を持つエンマガルムを仕留められるとしたら——クラリーナの魔法において他にない、と。


『うっりゃあああああッ!』


 エンマガルムの凶刃な顎が大盾を弾き飛ばした。

 しかしそれが最後の抵抗だった。大きく開いた口内へ、クラリーナの槍が突き刺さる。


 おびただしい血が噴き出した。

 クラリーナはそれすらも砂鉄で防いで、素早く離脱する。


 エンマガルムはびくびくと痙攣し——やがて、動かなくなった。


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