第48話 早速の望まぬ再会

 ファースト・フロントの夜は深い。

 新しき深淵の第一層にある、壁に取り付くようにできた街はいつでも暗いが、夜に近づくと余計にその闇が深くなる気がした。


 ティナは一人、ファースト・フロントの一角を歩いていた。

 足取りは重く、表情にも覇気がないことは自覚していた。

 頭を過るのはやはり、さきほどのレッドとのやりとりだ。


 ——意見の対立。


 それはしばしば探索チーム内では起こり得ることで、ティナもいつか直面するのではないかと予想はしていた。


 しかし仲間に自分の気持ちを理解してもらえないというのは——想像以上に堪えるものだ。

 それに現実的なのはやはりレッドの意見であることは、ティナも分かっているのでなおさらだ。


(それでも……私はトゥリゴノを越えたい)


 我知らず、ティナは深い溜息をついた。

 頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。

 こんな時、ソロであれば我を通して真っ直ぐ突き進めるのに——と思わなくもなかった。


 目抜き通りに差し掛かった時、何やら人垣ができているのに気づいた。

 夜も更けているので酔っぱらい同士の喧嘩か何かだろう。

 そう見当をつけて我関せず通り過ぎようとしたその時、聞き覚えのある声と特徴的な口調が聞こえた。


「なぁ、おっちゃぁん。そんな怒らんとちょっとぐらいまけてや〜」


 少女の猫なで声である。

 しかし相手の中年男性はこめかみに青筋を立てて言った。


「何を言ってやがる! 四分の一以上値切って、さらには出世払いにするとかぬかしやがったじゃねえか。それを『ちょっと』とは言わねえ! このガキ、優しくすりゃつけあがりやがって!」


「はあああ? ガキやって? うちは立派なレディや!」


 本格的な言い争いになったところで、ティナは慌てて人垣を掻き分けた。

 そこにはやはりというかなんというか、クラリーナがいて、どうやら宿屋の店主と喧嘩しているらしかった。


「なんやねん、このボロ宿。恐れ多くもこんな美少女が泊まってやるっちゅーてんのや。なんなら宣伝したってもええで?」


「てめえはなんでそんな上から物を言えるんだ、この文無しが! 失せろ!」


「あっ、ちょっと待たんかい!」


 宿屋の親父が中に入ってバタン、と扉を閉めるのに、クラリーナはぷうっと頬を膨らませた。

 しかし衆人の方を向いた時には、薄幸の美少女を体現したかのような物悲しげな表情を浮かべていた。


「ううっ……このままでは野宿になってしまう……。ああ、誰かこの中で泊めてくれる優しい御仁はいらっしゃらないものかしら……」


 よよよ、と泣き崩れるクラリーナに、差し伸べられる手があった。


「お、お、お嬢ちゃん。ボクの家でよければ……どうかな」


 小太りの探索者らしき男だった。

 グローブを嵌めた手をクラリーナに差し出している。

 クラリーナのオッドアイが一瞬だけ男を値踏みするように輝いた。

 が、やがて上品な笑みを浮かべて、その手を取る。


「ほんまですか? ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」


「う、うん。優しくもてなしてあげるよ……」


 怪しい。

 あからさまに怪しい。

 ティナは危機感を覚え、立ち上がるクラリーナの手を小太りの探索者から奪った。


「えっ、ちょ——!? ってアンタは!」


「こっち!」


 クラリーナを引っ張って、人垣を抜ける。

 野太い声が追いかけてきたが、ティナ達が行方をくらます方が早かった。


 目抜き通りから一つ入った、ジャンク街の片隅で、ティナとクラリーナは立ち止まった。双方、肩で荒く呼吸をしている。


「ちょお、なんやねん。せっかくうまいこといったんやで?」


「どこが。あんな男についていったら、それこそ何されるか分からない」


「はん、そんなの百も承知や。あれぐらいの野郎なら片手でひねれそうやったから、家を乗っ取ったろうと思てたのに」


 どうやら本気らしかった。

 ティナは呆れると同時に、あの『磁力兵団招集オーダー・マグネット・スカードロン』という魔法ならば、可能かもしれないと思った。

 無茶苦茶な性格のクラリーナだが魔法の腕は確かだ。


(まぁ、トゥリゴノと音叉水晶の前では、思い切り裏目に出てたけど……)


 とにかくクラリーナを野放しにしていては、どんなことになるか分からない。

 そう思ったティナは渋々申し出た。


「宿なら私が提供する。心配しなくてもお金は取らない」


「ええ? ええのん?」


 両手を合わせ、笑顔で振り向くクラリーナ。

 変わり身が早い。


「その代わりちょっと狭いけど我慢して」


「やったあ、ありがとう、ティナやん!」


(……ティナやん?)


「ほな、行こ行こ!」


 ティナの腕を取って、身を寄せてくるクラリーナ。

 ティナは再び痛み出した頭を押さえて、孤児院へと向かった。

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