第46話 意見対立


 レッドとティナは駐機場内にある探索者用の施設へと移動した。

 外観は木製の古くさい建物だが、天井は吹き抜けになっており、それなりに広々としている。


 中央にある受付で帰還の報告を済ませると、レッドとティナは二階にある小さな酒場へと移動した。

 ティナ達のように探索から帰り、何らかの成果が得られたのかジョッキを酌み交わす男達。

 これから新しき深淵へと赴くため、決起するチーム。

 ティナは注文した野菜スープで小腹を満たしながら、探索者達の様子を眺めていた。


「で、今後の方針だが。どうする、リーダー?」


 ノンアルコール・エールを一口呷り、レッドが口火を切る。

 ティナは迷わず返した。


「もちろん討伐する」


「……言うと思った。俺は反対だ」


 後ろ頭を掻きながらレッドが言うのに、ティナは面食らった。

 自身を『地上最強』だと豪語して憚らないレッドが、よもやトゥリゴノへの雪辱戦に消極的だとは思わなかったのだ。


「どういうこと?」


「理由、その一」


 レッドは逐一指を上げて、説明し始める。


「現実的に考えて、今の戦力でトゥリゴノを倒せるとは思えない。さっきの戦いで思い知ったろ? さすがは禱手ゼトってぇところか。あいつの力は桁外れだ」


「それは……」


「その二。仮に交戦したとしようぜ。だが例え倒せたとしても、大きな被害は免れない。最悪メンバーが欠けることだってありうる。それをティナは承知の上で言ってんのか?」


 眉間に皺を寄せるティナを見て、レッドは再びエールを飲んだ。


「その三。俺達の目的は深淵を探ること。トゥリゴノを退治するためじゃない。無視して先に進むのがセオリーってもんだろ」


「それはそうだけど」


「その四。言っちゃ悪いが、お前さんは今、頭に血が上ってる」


「なんですって?」


「目の前で他の探索チームがやられたろ。生き残りも心を傷つけられた。きっと二度と探索者には戻れねえだろうぜ。……ティナはそのことに怒ってんだろ」


 理路整然と諭されるほど、反論したくなるのはどうしてだろう。

 ティナは膝の上で拳を握り、深く息を吐いた。


「私は冷静だ。あの人達の仇討ちがしたいっていう気持ちがないって言えば嘘になる。けどその前にやっぱりトゥリゴノは斃さなければならないと思う。これから何度も深淵を往復することになる。第三層を通る度にあいつに怯えて、避けて通らなきゃならないの?」


「そうだよ。禱手ゼトはあいつだけじゃねえ。第四層にも第五層にも、トゥリゴノ以上に強力な禱手ゼトが控えてんだぜ。いちいち相手にしてたらキリがねえ」


 ティナは唇を噛み締めた。


 ——禱手ゼトは“第七層”にもいる。

 その名は、アバドン。


 そいつはすなわち——


「よっ、二人とも。待たせたな」


 ティナとレッドの間に横たわる重苦しい空気を裂いたのは、グレインだった。

 さっきとは違い、割と軽やかな足取りである。


「ショルダーガードをそっくりそのまま取り替えるから、金はかかるが、時間は掛からねえって。おまけで塗装も塗り直してくれることになった。これでまた俺の元にピカピカのレギオンが……」


 と、そこまで言って、ティナもレッドも顔を上げないことにグレインは気づいたようだった。

 両者を見比べ、おどおどと人差し指同士を突き合わせる。


「え……? どしたの? なんかケンアク……?」


「座って、グレイン」


「は、はい」


 ティナの声に促され、グレインは叱られた子犬のように言うとおりにする。レッドとグレインを前に、ティナは一度だけ深呼吸をした。


「——二人に話しておかなきゃならないことがある。私が深淵に潜る目的について」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る