第39話 美しくも無慈悲な弾丸
岩場の下に到着したティナはパイルバンカーを使って、高台へとよじ登る。
ようやく闘技場全体を見下ろせる位置まできたところで、ブラウ・ローゼに膝を着かせた。
「——レッド、狙撃ポイントに到着した!」
『ティナ!』
通信機から弾んだレッドの声が聞こえる。
そこから“奈落の鋏”とのおよそ二分間における戦闘がいかに厳しかったかが伺える。
光学スコープと映像盤をリンク。
距離およそ500メートル。
目の前に現れた十字のレティクルの向こうに、敵の姿を探す。
しかし、
(
戦闘によって巻き上げられた砂埃、そして闘技場を照らす大型魔石灯が破壊されたため、暗すぎて闘技場の様子が視認出来ない。
ティナは焦燥を滲ませた。
「ここからじゃ敵が見えない。ペイント弾で誘導して!」
『なんだと? クソッ、さっきの戦いでもう弾切れだ。どうする!?』
レッドとの通信の背景では、断続的に“奈落の鋏”の上げる声が響いていた。
もはや一刻の猶予はない。
「火炎放射で火を点けて!」
ティナが提案した途端、闘技場にごうっと炎が上がる。
しかしそれはすぐに消えてしまった。
『駄目だ、無駄に頑丈にできてやがる。燃えやしねえ!』
万事休すか。
そう思われた時、胴間声が通信に割り入った。
『——着火剤がありゃいいんだろ? ならとっておきのやつがあるぜ!』
グレインが叫んだ次の瞬間、ぶしゅうっと何かが吹き上がる音がした。
(着火剤——まさか、
『お前、右腕を……!』
レッドが戦慄したように言う。
どうやらグレインはデクリオンの右腕を破壊し、自ら黒血油を“奈落の鋏”に浴びせかけたらしい。
『うおおおおお——ッ!』
デクリオンの重い足音が響く。
おそらくはデクリオンと“奈落の鋏”が衝突する鈍い音がしたかと思うと、グレインの苦悶の声が通信機から伝わる。
『ぐっ、ううう……!』
『グレイン、機体が——』
『俺に構うな! いいから、燃せ!』
再び炎が上がる。
通信機越しから“奈落の鋏”の悲鳴が聞こえた。
先ほどとは違い、赤い炎は燃え続けている。
(これなら、いける)
ティナは再び照準を合わせた。
燃え上がった“奈落の鋏”、その胴体上方部に狙いを定める。
トリガーを絞る。
激しい反動がブラウ・ローゼを襲った。
『フレイミィ・クインリィ』から放たれた120ミリ砲弾が過たず“奈落の鋏”を襲う。
瞬間、ファースト・フロントには珍しい突風が吹き下ろした。
砂埃や黒い煙を吹き飛ばし、闘技場の様子が一瞬だけ見えた。
†
レッドは確かに見た。
燃え上がった火柱を、真っ直ぐな一条の射線が貫いたのを。
それは精密で無慈悲な弾丸。
溜息が出るほど、美しい狙撃だった。
気がつくと“奈落の鋏”は地面に引っ繰り返っていた。
大きな甲羅が仇となって起き上がれず、ばたばたともがいている。
いかに頑丈といえど、超高速で発射された大口径砲弾を受けて無事ではいられなかったようで、その甲殻はヒビだらけになっていた。
グレインの機体にもまた火が燃え移っている。
レッドは“奈落の鋏”に駆け寄り、その巨体を見下ろす。
「喧嘩を売る相手を間違えたなぁ、蟹野郎」
慈悲はない。
アサシンブレードを振り下ろす。
「——これが、地上最強だ!!」
刃に腹を貫かれた“奈落の鋏”は、尾を引くような断末魔を上げ——やがて沈黙した。
「グレイン!」
デクリオンに急いで消化剤を撒く。
二度の高熱に炙られた機体は、ところどころが融解していた。
だが一番頑丈な装縦槽は無事だ。
とっさの行動だろうが、着火前に、ハッチもしっかり閉じられている。
レッドは決闘後そうしたように、ハッチをこじ開ける。
内部に黒血油が流入したのだろう、グレインはどろどろの格好で現れた。
「……くそっ、男前が台無しだ」
「お前が男前かどうか、まるで分かんねえよ」
激しい戦闘が終わっても決してマスクを外さないグレインに、レッドは肩を揺らして笑った。
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