第35話 負けるな

 いよいよの近接戦闘だ。

 ティナは目を限界まで凝らした。


 レッドロードの剣がデクリオンの拳を押し返す。

 しかしデクリオンはもう一方の拳でレッドロードの操縦槽そうじゅうそうを直接狙った。


『ぐっ、あああ——!』


 レッドロードの全身が揺れ、操手の苦悶の呻きが響く。


 拳を振るっただけであの衝撃——きっと操縦槽の衝撃緩衝機構ショックアブソーバーの許容量を突破したに違いない。

 下手をすれば操手が脳震盪を起こし、意識を失ってもおかしくなかった。


『や、ろう……!』


 レッドはまだ倒れていなかった。

 再び距離を取って間合いを計るのを、しかしグレインは見逃さない。


『オラオラオラッ!』


 ビームライフルの代わりに握られていたのは、大きな棒状の鉄だった。

 表面は釘の溝のように螺旋を描いている。

 その先がレッドロードの肩口にヒットし、大きくバランスを崩すことに成功する。


 おそらくあれはパイルブレーカーだ。

 元々武器ではなく解体用の道具である。


 なんて粗暴な、とティナは呆れた。

 人に例えると、ならず者が釘を何本も打ちこんだ角材で殴りかかってくるようなものだ。


『ぐ、くっ、うぐ……!』


 機動性を生かして、防御性能を殺したレッドロードは、パイルブレーカーでの容赦ない打撃に装甲にいくつも傷を作る。

 ティナは我知らずマフラーの端を固く握りしめた。


 デクリオンが大きく半身を開いた。

 パイルブレーカーが後ろに引かれ、振りかぶられる。


『終わりだ、レッド・クリフ!』


(レッド)


 肩が震える。

 唇が戦慄く。

 気づけばティナは胸中で叫んでいた。


(——負けるな。負けるな!)


 鈍色の鉄の塊が、容赦なく打ち下ろされる。


 瞬間、ティナは見えないはずのものを見た。

 レッドロードの操縦槽の越しの景色を。


 満身創痍であろうレッドが——にやりと笑うのを、確かに。


 大振りの攻撃には隙ができる。

 そのダメージから想像できないほど、レッドロードの動きは軽やかだった。


 翻ったマントの下から出てきたのは火炎放射器だった。

 それが無防備なデクリオンに向けられる。


 ——正しくは、今も流れ続ける黒血油こっけつゆに向けて。


 ごうっ、と火炎放射器が唸りを上げた。


『な、に——ああああああッ!』


 燃えさかる炎がデクリオンをあっという間に呑み込んでいく。


 ティナはその炎に釘付けになっていた。


 赤く輝く光は、まさしく——レッドの強い意志が灯る瞳を想起させた。


 地面を転がって消化を試みるデクリオンに、レッドロードが鋼鉄剣スチール・バインの切っ先を突きつける。


『降参するなら消火してやるぜ。いかに“炎蟹えんかい”っつっても蒸し焼きにはなりたくねえだろ?』


『ぐおっ、おおおおお——!』


 グレインは悲鳴を上げるものの、決して白旗を揚げようとはしない。

 ティナは思わず立ち上がった。


「——もう降参して!」


 このままではグレインの命が危うい。

 自分を争って誰かが命を落とすなど、ティナはこれっぽっちも望んではいない。


「グレイン!」


 ティナは席を立ち上がり、手すりに駆け寄って、身を乗り出した。


 その声が届いたのかどうかは分からない。


 だが——ぱちぱちと爆ぜる火の粉の間から、小さな声が聞こえた。


『……俺の、負けだ……』


『あいよ』


 レッドロードがマントの下から小さな銃を取り出した。

 真っ白い泡の消化剤が撒かれていく。


 やがて黒焦げになったデクリオンが姿を現す。

 カーキ色の塗装はところどころ剥げ、酷い有様だった。


 レッドロードが素早く駆け寄り、操縦槽をこじ開ける。

 やがてレッドロードの手の中に救出されたグレインの姿が見えた。


 熱にやられて大分弱っているようだが、意識は確かのようで、のろのろと起き上がる。

 ティナはほっと全身の力を抜いた。


「くそっ、くそ——」


 グレインはしきりにレッドロードの手を叩いている。

 マスクで表情が隠れていようとも、その悔しさが全身から滲み出ていた。


『そう怒んなよ、良い勝負だったぜ』


 レッドロードの操縦槽が開く。

 そこには満足げな笑みを浮かべたレッドがいた。


「お前、なかなかガッツあるな。地上最強のオレじゃなかったら、正直危なか

 った」


「……前から思ってたが、それ、自分で考えたのか?」


「そうだけど?」


「はっきり言ってダサいから止めたほうがいいぞ」


「ははっ、ティナにも言われた。でもオレ、実際、地上最強だから仕方ねーんだよな」


 苦笑を交えたそのレッドの言い草に、グレインもまたくつくつと笑い始めた。

 やがて二人の哄笑が重なり合って、闘技場に響く。


「負けたよ」


 グレインはレッドに手を差し出した。

 レッドもまた腕を伸ばす。


「——全部、俺の負けだ」


 戦いの中で何か通じ合ったのだろうか、男達は清々しい表情で、お互いの手を取る。


 きっと自分には一生分からない感情なのかもしれない。

 そう思うとティナは少し二人が羨ましかった。


 闘技場は喧噪に満ちていた。

 前評判を裏切る大番狂わせに憤る叫び、選手の健闘を讃える言葉、惜しみない拍手——色々な音に満ちている。


 こうしてレッドとグレインの決闘は幕を閉じた。


 その時だった。


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