第32話 俺と勝負しろ

 レッドに案内されたジャンク屋は、科学技術由来の珍しいパーツの宝庫だった。

 物珍しげに店内を見回していると、奥の方からレッドがティナを呼んだ。


「おーい、これなんかどうだ?」


 行ってみると、確かにそれは光学スコープの接眼レンズだった。

 大きさも昨日見つけたものとぴったり一緒、つまり『フレイミィ・クインリィ』に流用できる。


「すごくいいわ」


「よっしゃ」


 レッドが店主を呼び寄せて、レンズを買う旨を伝える。

 どうやらレッドは店主と顔見知りらしく、二言三言交わしてから、ティナの方に笑顔で振り返った。


「へへ、とことん値切ってやったぜ。さすが地上最強の男だろ?」


 レッドの言うとおり、代金は三割ほど安くなっていた。

 孤児院の子供達も養わなければならないティナにとってはありがたい。


 ほくほくとした心持ちで店を出る。

 緩衝材に包まれたレンズの重みが嬉しい。


「色々とありがとう。助かった」


「いいんだよ、別に。慈善事業でやってるわけじゃねえんだし」


「どういうこと?」


「お前の心証を良くしたいってこった」


 レッドの言っている意味が分からず、尚も首を傾げていると、レッドはやおらティナに向き直った。


 その真っ直ぐな視線を受け、目を丸くする。


「——ティナ、俺と組んで欲しい」


 差し出された手を驚いて見つめる。

 まさか昨日、グレインに言った口から出任せが本当になるとは思わなかった。


 けど。


 正直言って、ついていけないところもあるが(特に『地上最強』云々——)、悪い人物ではない。


(むしろ、結構良い人かも。それに腕前は確かだし)


 ティナを二度も助けた手腕は実に鮮やかだった。

 それになんだか、レッドの快活な笑顔を見ていると胸の空く思いがする。

 オズ曰く、不器用な表情筋を持つ自分までもが吊られてしまうような。


(それにチームを作れとオズに助言されたし……)


 ティナはレッドの手を再び見つめる。

 そして決意を胸に、レッドの顔を見上げた。


「分かった、私は——」


 レッドの手を取ろうとした、その時だった。


「——ちょっと、待ったああああああッ!!」


 パーツ街の路地に、大地を揺るがすような絶叫が響いた。


 ぎょっとして声のした方を振り返ると、そこにはなんというかやはり、グレイン・グランキオがいた。


「なんだ?」


 レッドは当然、きょとんとしている。

 グレインは肩を怒らせ、レッドに指を突きつけた。


「貴様、何者だ! この怪しい奴め!」


「ええー……ちょっとあんたには言われたくないけどなぁ」


「ええい、うるさい! ティナは俺と組むんだ、その薄汚い手をどけろ! いますぐ、即刻!」


(うう……やっぱり尾行けられてたんだ)


 ティナは表情を引きつらせ、顔を青ざめさせた。

 それを見たレッドが顎に手を当てて考え込む。


「ははーん、さては変質者だな?」


「だ・れ・が、変質者だ! てめえ、そのが誰の子供か知ってるのか?」


「知らん」


「聞いて驚け、かの有名な『流星のアーミア』——アーミア・バレンスタイン。伝説の探索チーム『ホワイトゲイル』のリーダーだ!」


「あー、なんか聞いたことあるような」


「仮にも探索者だろ、馬鹿なのかてめえは! いいか、よく聞け、ティナはその血を受け継いだ、後継者なんだ!」


 グレインの演説に自然、衆目が集まる。

 生きた心地がしないでいると、レッドがあっけらかんと言った。


「だからそんなことは知らん。ティナはティナだろ」


 はっとしてレッドを見上げる。

 レッドは不思議そうに首を傾げながら続けた。


「俺はティナの狙撃の腕を買った。ティナの戦闘技術、それから冷静なところや時に大胆に行動できるところもな。まぁ、あとは一緒にいて楽しいかな。歯に衣着せぬ物言いとか」


 ティナに向けてレッドが片目を瞑る。

 ティナは何故かレッドの顔がうまく見られなくなり、とっさに俯いた。


 一方のグレインは急に黙り込んだ。

 その静寂が逆に怖い。


 ティナの直感は見事に当たった。


「——俺と勝負しろ」


 グレインが低く唸る。


「闘技場で決闘だ。俺が勝ったら、ティナを諦めてもらう」


「いいぜ」


 レッドはまるで食事の誘いでも受けたかのように、気楽に返事をする。


「じゃあ、俺が勝ったら、一つ言うこと聞いてもらおうか」


「ふん、いいだろう。逆立ちでファースト・フロント一周でもその上裸踊りでもなんでもしてやる」


「いやそれはいいや」


 グレインはばさっと外套を翻し、高笑いしながら、去って行く。


「わはははは、首を洗って待ってるといい。受付は俺が済ませておこう。書類も全部書いてやる。あ、一応、保険入っとく?」


「おー、頼むわ」


「万事任せておけ、わはははは!」


 取り残されたティナは呆れかえっていた。


 男二人が自分を巡って争う——ことになったのは、なんだか昔読んだ恋愛小説のようで少し気恥ずかしいが、ちょっと思ってたのと違う気もする。


 それに闘技場で決闘ともなれば、どちらかが怪我をするかもしれない。

 下手をしたら——


「心配すんな、地上最強の男が負けるはずねえだろ?」


 ぽん、とレッドに頭を軽く叩かれる。

 ティナは口を尖らせて言った。


「……別に心配してない」


「そうかそうか、お前もやっと俺が地上最強だって分かってくれたか」


 なんでこんなことになったんだろう。

 ティナは深い深い溜息をついた。


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