第31話 買い物と尾行

 昨夜はよく眠れなかった。

 言わずもがな、あの怪しい男——グレインのせいである。


 ティナはファースト・フロントの喧噪を目の前に、ふわぁと大あくびをした。


「——よ、待ったか?」


 人々の往来から見知った青年が出てくる。

 その髪は目が覚めるほど鮮やかな赤だ。

 ティナは欠伸をかみ殺し、首を横に振った。


「そんなに。行きましょ」


「おう」


 レッドは目抜き通りから一歩路地に入り、慣れた足取りで進んでいく。

 入り組んだ道には確かに機兵のパーツやジャンク屋が軒を連ねていた。

 ティナはレッドの隣で眠い目をこすった。


「なんだ、朝は弱いのか?」


「そうじゃないけど。昨日、ちょっと眠れなかっただけ」


北方の遊牧民族カナド人は寝れねえ時に羊を数えるんだとよ」


「なにそれ、聞いたことない。嘘っぽい」


「だよな、なんで羊なんだろうな」


 眉唾物の話に顔を顰めると、レッドはからからと笑った。

 そのあまりにも邪気のない笑顔に絆されて、口元緩めたティナだったが——


「……ッ!?」


 肌がぞくっと粟立つ。

 何者かの強烈な視線を感じた。

 弾かれたように振り返るがしかし、路地にはティナを見ている者の姿はない。


「どした?」


「う、ううん、なんでもない」


 脳裏を過るのは当然、昨日の男——グレイン・グランキオである。

 ティナと組みたいとそう迫ってきた。

 諦めきれずに、なんてことは。


「まさかね」


 レッドに気づかれないくらいの小声で呟く。

 ティナは自分の両肩を手でさすりながら、レッドの後を追った。





 ——なんだ、なんだ、なんなんだ、あの男はッ!!


 グレインは路地にあるパーツ屋の売り物である、機兵の腕の陰から、ティナとその横にいる男を睨み付けていた。


 怒りのあまり息が荒くなり、パイプからシュコーシュコーと呼気が漏れる。

 掴んでいた機兵の腕が、ミシミシと音を立てた。


「あの子は俺のパートナーだぞ。それを、それを……あんな得体の知れない男が親しげにッ! 慣れ慣れしくッ!」


 どうせティナのことなどこれっぽっちも知らないに違いない。

 アーミアの偉業も、ホワイトゲイルの偉大さも、あの男は知らないだろう。

 でないとあんなに気軽に接することができるわけがない。


「ティナはあの偉大なアーミアの娘だぞ。探索者の宝だ。このグレインこそがふさわしい。というか、俺が彼女を見初めたのにッ……!」


 ぶつぶつと文句を言っていると、すぐ隣から冷たい視線を感じた。

 パーツ屋の店主がじとっとした目を向けてくる。


「——お客さん、それ以上売り物を傷つけるんなら、買い取ってもらうよ」


「あ、はい。ごめんなさい……」

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