ある雪の日~HとHとTの場合
オブリガート
H1
◆
父親の仕事の都合で片田舎の
転入先の小学校は全校生徒100人足らずの小規模な学校で、クラスの人数は十四人しかいなかった。
女子の割合いが多く、数人程度の男子はもうそれで一つのグループになっており、俺は中々輪の中に入っていけなかった。
そんなクラスの中で、俺と同じように孤立している女子がいた。
窓際の席にちょこんと座っていたその女子は、
女子は群れて騒ぐ生き物だと思い込んでいた俺は、彼女の存在が不思議でならなかった。
病弱そうな白い肌、長く重みのある睫毛。髪は灰色がかった茶色で、物憂げな瞳は今日でも昨日でも明日でもない、遠いどこかを見ていた。
だが物凄く大人しい子で、声を掛けてもろくに返事は返ってこなかった。
二月の始め。雪がどっさり降ったある日。
昼休みに校庭の隅でぼうっと突っ立っている花宮桜を見つけた俺は、脅かしてやろうと後ろから雪玉をぶつけた。
しかしまったく相手にされず、ムカついたので今度は正面側に回って雪玉を投げつけた。
雪玉は彼女の顔に命中したが、桜は手袋で雪を払い、何事もなかったかのようにまたぼんやりと空を見上げる。
怒って反撃したり、泣きながら逃げたりすることを期待していた俺はすっかり拍子抜けしてしまった。
「お前、ちゃんと脳ミソ詰まってる?」
挑発の言葉を残し、俺は彼女に背を向けた。
が、歩き始めてまもなく――――
冷たい衝撃が首の後ろに飛んできた。
とっさに右手を首に伸ばすと、雪の塊がついていた。
肌の熱で雪は解け、冷たい水滴がジャンパーの隙間から背中へと落ちていく。
ハッとして背後を振り返ると、桜はざまぁみろと言わんばかりにほくそ笑んでいた。
「てめぇ――――」
俄然怒りが込み上げ、俺は桜に突進して雪の上に押し倒した。
桜は抵抗して体を捩ったが、小柄で力がないので馬乗りになっている俺を押し退けることができない。
俺は桜の手袋を脱がし、小さなその手を無理矢理雪の中へと埋めた。
都会に住んでいた頃、近所の友達と一緒に雪の中に両手を突っ込み、どちらが長く我慢できるかという遊びをよくやっていた。
最初はどうにか我慢できるが、ある一定の時間が経つと突然キーンと耐え難い冷たさが走り、声を出さずにはいられないほどの苦痛が押し寄せてくるのだ。
さすがに耐え兼ねたのか、桜は顔を歪め、苦痛の声を漏らした。
勝利の喜びが込み上げてくる。
生意気な女子を屈服させてやったという感覚だ。
だが、楽しい時間はそう長くは続かなかった。
「おい、いい加減にしろよ」
静かだが有無を言わさぬ声が俺を制する。
学級委員の
俺は止む無く桜から身を引いた。
「花宮さん、大丈夫?」
武田は桜に手を貸して立たせてやり、彼女を連れてその場から離れていった。
一人取り残された俺は、何とも言えない悔しさと憤りを覚えていた。
遊んでいた玩具を横取りされた時の気分に似たものだ。
だがこの一件をきっかけに俺は問題児のレッテルを貼られ、担任やクラスメイト達からも厳しい目で見られるようになった。
特に女子の目は厳しく、俺は花宮桜の半径一メートル以内に近付くことを禁じられた。
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