7−2「代理人と大理石展」
「…櫻井さんのお願いで街の人たちを丸ごと避難させました。怪獣は場所を選びませんから、出現したら甚大な被害が出ることは確実ですしね」
ビルの最上階でそう言うのは、【財団法人・スターライト】の第17支部長のトシキさんの代役である三ツ矢のぼるさん。
彼曰く、本物のトシキさんは支部でここ最近起きているシステム障害について対処しているということであった。
「…と言っても、財団は割とシャイな方が多いですからね」
他社との合同会議や研究の新作発表には三ツ矢さんような代役が替わりに出席する場面が多く、本人はマイクやカメラを通して会話を聞けるので質問や意見を言いたい時にはすぐに対応できるので問題ないんですと三ツ矢さんは言った。
「早い話が、財団の専属俳優みたいなものなんですよ」
そう言って笑う三ツ矢さんの整った顔立ちを私はじっと見つめる。
本人もそれに気づいたのか「ああ」と納得したように微笑んで見せた。
「実は僕、代役の仕事の傍らアーティストとして活動もしてまして。このビルのすぐそこで【白銀モトキ彫刻展】がやってますが、あれは僕の作品なんです」
…やっぱり、というかどこかで見た顔だと思った。
彼曰く、【白銀モトキ】というのはあくまでペンネームのようなものらしい。
「僕、仕事によって名前を使い分けるタイプなんで。トシキさんの話では今日は佐々木さんの泊まるところと、街の大体の地図を伝えてくれということですが…来たばかりでまだ時間もありますし、良かったら作品を見て行きますか?」
そう言われたら断れない。
私は三ツ矢さんに私は連れられ、ビルの展示室内に入る。
三ツ矢さんが電気をつけると展示室内には動物や人の形をした大小さまざまな彫刻が展示されており三ツ矢さんはこれらは大理石を使った作品だと言った。
「日本はメジャーな大理石の彫刻家が少ないんです。日本固有の彫刻というとお墓やお地蔵さんが馴染み深いですが、その流れで原料の御影石や花崗岩を使う作家が多くて日本産の白い大理石を使うメジャー作家が少ないんです。僕は逆にそれをチャンスと思って日本固有の白大理石を使って作品を作っているんですよ」
「へー、そうなんですか」と私は熱心に語る三ツ矢さんから目を反らす。
…困った。ぶっちゃけ芸術はおろか、石のことすらよく分からない。
普段なら【師匠】も何か言ってきそうだが、夕方くらいからシステムの調子が悪いらしく、スマートフォンを開いてもウンともスンとも連絡が来ない。
『支部にも連絡を取ってみるが、万一の際はお前さんのみで対処せねばならないかもしれないな。まあ、基本動作は何度も練習しているし、多分大丈夫だろう…そんな死にそうな顔するんじゃない』
(…あの時、よっぽど酷い顔していたんだろうな)
無論、これは現地に飛んだ直後の会話。この後に【師匠】との会話が途切れてしまい、連絡が取れなくなって途方に暮れたところに三ツ矢さんの電話が来て、今へと至っていた。
…まあ、不測の事態なんてこれまでも何回かあった。
でも、今までは【師匠】が何とかしてくれたが今回は自力だ。
(いや、回数も重ねているし無事に怪獣を【転送】できるでしょ…多分)
そんなことを思いながら展示室を歩いていると、ふと1つの彫像に目がいく。
それは、子を抱くように空間を抱えたポーズの女性の像。
彼女の抱える場所には何もないが…その空間が妙に気になってしまう。
「…それは『母性』ですね。僕の中でも最高傑作と自負しています。母親というものは、自分の子がいくつになっても小さな子供のままとしてみる傾向にあります。その愛情をどうにか具象化できないかと試行錯誤した実験作なんです」
そう続ける三ツ矢は「おや」と続ける。
「…どうやら貴方はその空間に対して恐れを抱いているようですね」
それを聞いて私はギクリと体をこわばらせる。
すると三ツ矢は「ああ、失礼」と続けた。
「何ぶん、空間を見た個々人によって感想が違うようで、泣いたりする人や中には怖さを感じる人もいるんですよ…育った環境によるようですが」
…どうしてだろう。でも、確かにそうだ。
私はこの空間が怖くて怖くて仕方がない。
その時、ポケットの中のスマートフォンが振動する。
私は【師匠】の電話かと半ばホッとしながら通話を押すも…背筋が凍る。
『コ…ドコ、シ…ノ、コ…』
耳慣れない声。
機械のような女のような甲高い声が響く。
「え、あ…」
とっさに三ツ矢さんを呼ぶかどうか顔を上げると、急にビルが振動しだす。
「うわ、どうやら怪獣が出没したみたいですよ!」
展示室の外にいた三ツ矢さんがこちらに来て声を張り上げた。
私も急いで展示室外にあるガラス張りの窓を見るが…外を見て息を飲む。
…夕暮れ時、非常灯の赤いランプのつく夜の街。
空の上に巨大な球体が3つ並んで浮いているのが見えた。
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