5−2「1日あっても事故は起こる」

 【怪獣予報】のアラートが鳴り響き、私は慌てて夕食後の薬を飲み込んだ。


『うむ、予報では明日の夕方辺りに怪獣が出現するようだ。飛ぼうと思えばすぐ現場の山岳地帯に行けるが…そういえば、お前さん山の経験はあるか?』


 【師匠】の言葉に私は考え込む。


 今まで趣味でハイキングをしていた時期もあったが、基本的に標高の低い山で動植物の撮影をしていたぐらい…本格的な山登りは未だしたことがない。


 それを素直に伝えると【師匠】は『少し待て』と言ってからこう返した。


『…先ほど支部にいる山岳医の千丈くんに連絡をした。彼女の提案では1日目に麓の支部に行って2日目の怪獣出現までに体を慣らしながら現場の山小屋に上るコースにしようということだが…それで良いか?』


(高地にあるんだし、早めに現場に行った方が良いんじゃないの?)


 私はそんなことを思いつつも【師匠】の助言に従い厚着の服を着用する。

 そして玄関先でトレッキングシューズに履き替えた頃、【師匠】が言った。


『少々心もとないが、支部や山小屋には装備も整っているからな』


(…装備?)


 首をかしげる私に対し、スマートフォンから女性の声が流れる。


『【怪獣出現ポイント】に【転送】します、お手持ちのスマートフォンを…』


 そして地上に降り立った瞬間、私の足元がずるりと滑った。


「おっとっと…!」


 急な寒さに思わず身震いする。

 みれば、足元は硬い雪に覆われた岩肌の地帯。

 その先にいたゴーグルにスキーウェア姿の女性が私たちを見て愕然とした。


「え…あ…マズい、スマホとっさに持ってきちゃった!?」


 慌てる女性の横で凄まじい風切り音がし、見上げれば今まさにドクターヘリが飛び立つところ。近くにはスノーモービルの置かれた山小屋もあり扉が開けっぱなしになっていることからどうやらここから誰かが搬送されたようだ。


『千丈くん、これはまずいよ。彼女はまだ山に体を慣らしてもいないのに…』

 

 珍しく【師匠】が狼狽した声を出す。

 私は軽い頭痛を覚えながら山小屋の標高を示す看板が見るが…


「さ…3,017m…!?」


 そう言った瞬間ぐらりと視界が歪み…目の前が真っ暗になった。

 

「…ぶ?大丈夫?」


 女性の声に体を起こすとそこは見知らぬ布団の上。

 目の前には心配そうな女性の顔があり、隣には私のスマホがあった。


「ああ、良かった気がついたわね。急に高度が上がったから軽い高山病にかかっちゃったのね。私はこの支部の専属ドクターをしている千丈よ…水は飲める?」

 

 差し出されたペットボトルの水を一口飲み、千丈はホッと息をつく。


「ごめんなさい。本来だったら支部にいなければいけなかったのだけれど山小屋近くで遭難者の知らせが急に入っちゃって常駐しているドクターも今日は休みで遭難者の具合を診るのにそのまま山まで上がってしまったから…まだ具合が悪いようなら、無理せずに横になっているといいわ」


 その横で【師匠】もため息をつく。

 

『回復用の【修復】を使うにも怪獣出現後の1時間以内だしなあ…そういえば、お前さん出がけ前に風邪薬を飲んでいたな。あれには睡眠薬が入っているから、山登り前に服用すると具合を悪化させることもあるが…今回は運が悪かったな』


 私は天井を仰いでため息をつく。

 …ぶっちゃけ、まだ気持ちが悪く天井がグルグルと回る。


「どうします、一旦降ろして様子を見たほうが良いと思いますが?」

 

 千丈はそう尋ねるも【師匠】は『うーん』とうなる。


『…いや。まだ1日時間があるし、明日まで休ませて少し様子を見よう。なにぶん夜の山道の危険さはお前さんもよく知っているだろう?』


「まあ…経験はしてますけど」と千丈は難しそうな顔をする。


『ちなみに他の職員は下の支部にいるということで間違い無いか?』


 【師匠】の言葉に千丈は「ええ」と答える。


「この山小屋にいるのは私と櫻井さんと佐々木さんだけです。他の人は麓で待機してもらっていますが…何でしたら明日にでも数人こちらに向かわせますか?」


 すると【師匠】は『いや、止めとこう』と言った。


『怪獣の中には思考を操作する者もいる。大人数で対処した場合に余計な被害が出ることもままあるからな。明日まで【弟子】が動けそうなら、山小屋を含めた周囲の地形や装備で簡単に扱えそうなものを教えておいてあげてくれ…予報も、夕方ごろとざっくばらんな情報しかないからな。出る怪獣の姿がわからん以上、備えは万全でありたい』


「承知しました、櫻井さん」


 私はそんなやり取りを聞きながら再び回る部屋に気分が悪くなり、先程よりもより深い眠りへと落ちていった…

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