4−4「過去と報酬」

『おお、随分動きが良くなったな…これも日頃の練習の成果か』


 【師匠】の言葉に私はドッと疲れが出てヘリの座席に座り込む。

 …何はともあれうまくできて良かった。


 そこにジョンが声をかけてきた。


「お疲れのところ悪いが、周囲の失神している魚を助けちゃあくれないか?」


 そこで初めて私は海に無数の魚が浮いていることに気がつく…どうやら怪獣の放った電気や私の【電磁波】の影響を受けて失神してしまっているようだ。


 【師匠】の指示通り、スマートフォンを向けて【修復】を押すと魚はすぐさま海中へと戻って行き、私も殺したわけではないと知ってホッとする。


「何にせよ争いで血が流れるのは俺もごめんでな…櫻井もわかるだろう?」


 操縦席からのジョンの言葉に【師匠】は『…ああ』と続ける。


『お前さんと最初に会った時には随分ひどい顔をしていたからな。特殊部隊から某県の駐屯地に左遷され、出現した怪獣の存在を周囲が認めず、たった一人で怪獣に戦むことになって…孤独だっただろう』


 【師匠】の言葉にジョンは首を振る。


「…まあ、俺が逃げ出した、50年前のジャングルよりかはマシだったがな」


 そう言ってジョンは当時のことを語ってくれた。


 ヘリや近代兵器による原住民の大量虐殺。

 戦場の痛みを紛らわすため軍の間で横行したドラッグや暴力。

 射撃の腕を周囲に買われるも戦場で目の当たりにしてしまった地獄絵図。


「あれ以来、俺は殺さない射撃を目指した。他者の血を流さないように艦の連中にもそういう教育をしている」


 私は思い出す。


 あの操舵室の中に立てかけられた人の周囲だけを綺麗に撃ち抜いた的。

 …あれはジョンの覚悟の証なのだろう。


『にしてもなあ【弟子】今日は一段と緊張していたようだが…もしや今回の軍艦を含めて会社のことや俺のした身の上話で大分気が散っていないか?』

 

 その言葉に私は座席でびくんとし、ジョンがゲラゲラと笑いだした。


「なあに、嬢ちゃん大丈夫だ。櫻井はお前さんが思っているほど真面目な奴じゃねえよ。会社だって道楽で作った自分専用の秘密基地みたいなもんでさ中継地点に良いからって理由だけで8割がた他人任せだし。嬢ちゃんは櫻井の言うことを気楽に聞いて【弟子】の仕事をホイホイやっとけば良いんだよ」


 ジョンの言葉に【師匠】は『やれやれ、もっと言いようはあるだろうに…』と大きく溜息をついた。


『…まあ、そんな感じだな。俺のことも会社のことも悩む必要はどこにもない。お前さんは出来る限りの事をしてくれれば良いんだ…無理に背伸びせずにな』


「はい…」と答えつつ、私は顔が赤くなるのを感じる。


 どうやら、私は気持ちだけ先走りしてしまったらしい。

 すると【師匠】が『お、早いな。また新機能が追加されるようだ』と言った。


『今回の怪獣の予知能力を【上】が有用と判断したようでな、実装は夕方くらいだろうがお前さんが家に着く頃には具体的な内容がわかるだろう』


 …ん、ちょっと待て。どうして帰るのが夕方になるのか。


「今朝使ったテレポートがあれば楽なのでは?」と問うと【師匠】が答える。


『何ぶん【上】の方針で、怪獣近くの中継地点への片道移動しかできなくてな、経費で落ちるが、帰りはほぼ自力で帰らねばならんのだ。支部の人間も忙しい身であるがゆえに帰りは途中までしか送れない約束だしなあ』


 そこにジョンがぐっと親指を立てる。


「安心しな、このヘリがあれば近くの空港までひとっ飛びだ。交通網も20年前よりずっと発達しているしな…櫻井が前に家までかかったのは片道3日か?」


『…あの時は泊りがけで2日かかった。そう考えれば早くなったもんだよ。今のスマホなら電子マネーと先行予約で切符もスムーズに手に入るしな』


 …ここから、さらに飛行機と電車とバスで帰るのか。

 さらに疲れが増す中で【師匠】が言った。


『ま、勝利祝いの片道旅行と思って美味い飯でも食えば良いさ。その分も経費で落とせるし、逆に儲けもんと思った方が良い』


(そうだな、旅行と思えばまだマシかも)


 そうして私と【師匠】とジョンを乗せたヘリは空港へと向かった。


 …その夕方、【師匠】の話通り新機能追加の連絡が届いた。

 その名も【怪獣予報】というらしく、出現の1日前を知らせてくれるらしい。


(え、たった1日前?…なんだかなあ)


 そう思いつつも、私は内心新機能が増えていくことを楽しんでいた。

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