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「姫末慈愛を悠貴崎学園の講師として任命する」


 入学式から日が経っていたため、辞令公布は学長室で行なわれた。


 なんてったって、異例だからね。


 慈愛は厳粛な面持ちで辞令を受け取りながら、心の中では激しくガッツポーズを繰り出した。


「姫末先生の仕事場などについては、こちらの藤井先生から説明があります。本学としても若い女性教員の活躍は期待していますので、頑張ってください」


 白髪に髭をたくわえた学長と握手する。やはり男性はこのくらいの年齢が落ち着いていて良い。ダンディ万歳。


 慈愛の心のガッツポーズは止まらない。期待されている自分に、ダンディな学長。説明してくれるという藤井も温和そうだが渋い中年。はっきり言って慈愛の好みだ。


 オヤジ好き? 言ってろってのよ。


「藤井佐三さぞうです。困ったことがあったら、なんでも相談ください」


「は、はい。姫末です。よろしくお願いします」


 慈愛は藤井に連れられて学長室を出た。


「早速、姫末先生の部屋に案内します。こちらへ」


 二人並んで本館を出て、大学の敷地を歩いていく。春の陽射しに、素敵なオジサマ。慈愛は意識して背筋を伸ばした。桜色のタイトスカートにしてきて良かったと思う。


 このシチュエーションにはぴったりじゃないか。もしかしたらこの後学科の歓迎会かなんかあって、そこにはダンディでシルバーでハードボイルドな教授陣が大勢いて。


 でも平気。心の準備も、下着の準備も、オッケーだから。


 なんてね。


 一人で興奮していた慈愛は、いつのまにか大学の敷地から出ていることに気がついた。不思議に思い、藤井に聞いてみる。


「あのー、先生。どこに向かっているのですか?」


「仕事場ですよ?」


「はあ」


「新しい仕事場を用意してありますから」


 分館……か何かが出来たのだろうか。それならそれで、新しい建物で心機一転というのは悪くない。


 あ、学生とかは新しくなくていいから。中のスタッフは古めで固めてもらって、そこにぽつんと放りこまれた紅一点の自分、という状況が、慈愛としてはかなり燃える。


 いやいやそんな邪なことを考えずに、自分は仕事に生きるんだ、ばりばりと研究するんだと雑念を無理矢理に追い払おうとしていたところで、藤井の足が止まった。


「こちらへ」


 と向かう先は。


 ——悠貴崎学園高校。


「藤井先生、ここは?」


「ここは? とは? 附属高校ですよ。姫末先生が講師として配属された。私はここの校長です」


 放り込まれたのはガキの巣窟。


 慈愛は辞表の書き方ってどうするんだっけと、次の身の振り方を考え始めていた。

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