第3話 モト幼馴染とは①
それが、まりんと幼馴染になったきっかけだった。ごくごく普通の出会い。世の幼馴染はそうやって出来上がる……ものだろう。
そうだ――やっぱり、おかしいよな。『契約』なんて……。
玄関で靴を履きながら、思い出していたのは昨日のことだった。
――一年専属幼馴染契約でどうかな?
外階段の踊り場で、生徒会長――千早千歳先輩はそう提案してきた。
突拍子もない申し出に度肝を抜かれた。そんなのはあり得ないだろう、とその場で思った。でも、俺は結局、断らなかった。いや、断れなかった。思い出をちょうだい、と続けた会長のそれは、『契約』というよりも『願い』のようで――まるで、子供が七夕の短冊に書き込むような……そんな純粋なものに思えて。胸に迫るものがあった。できません――なんて言えなかった。
結局、すぐに会長のスマホに『ノブ』という人から連絡が来て、会長は少し残念そうにしながらも教室へと向かった。『良かったら、明日、答えを聞かせて』とそう言い残して……。
そして、『明日』が来たわけだ。
無論、答えなど出るはずもなかった。
昨日は帰ってからずっと、母に『その顔、やめなさい』と言われながらも、黙考に黙考を重ね、昨夜は寝る間も惜しんで一晩中悩み抜いた。
しかし、どれだけ悩もうと行き着く先は同じ。幼馴染とは、『契約』で結ばれるような……そういうものではないだろう――という結論に帰着する。じゃあ、断るのかと言われれば、答えは「うーん……」だった。
さあ、断ろう、と決意すると、どうしても、昨日の会長の涙がよぎって心が揺らぐ。そして、振り出しに戻る。
堂々巡りだ。メビウスの輪だ。思考回路が山手線だ。
どうしたものか……と、重い溜息を吐きながら、扉を開けた。
その瞬間――、
「ハク――国矢くん……おはよう」
ドクン、と心臓が飛び跳ね、ハッと目を見開いた。
一気に白く明るんだ視界の中、目の前に佇む人影があった。煌々とした朝日を受けて、ふんわりと波打つ髪は琥珀色に輝き、ぱちくりと瞬きしながら俺を見つめる瞳は穢れなく澄んで、まるで朝露をそこに溜め込んでいるかのよう。オーラ――というやつなのか、息を呑むような神秘的な雰囲気を放ちつつ、華奢で小柄なその身体はゾクリとするほどの儚さを纏っている。
まるで、ブレザーの制服を着た天使のような……翼をお探しですか、とつい、訊ねてしまいそうになるその神々しさたるや。初めて出会ったときと――幼馴染になったあの日と、何も変わらない。
「ま……まりん……?」
呆然として、その名を呼ぶ。
徹夜したせいで白昼夢でも見ているのか、と思った。だって、あり得ないはずだ。まりんが、俺を待っているなんて……。ただの同中なんだから、もう放っといてよ――と、言われたのは昨日の今日だぞ。
「白馬! いってきます、くらい言いなさい!」
そんな母の怒声にも応える余裕は無かった。後ろ手に扉を閉めつつ、やはり反射的に確認してしまう。まりんの顔色。まりんの息遣い――その音とテンポに異常は無いか。発作の兆候は無いか。そして、気圧の乱れや、花粉の飛散量……発作の誘引となりうるものの情報を、今朝見た天気予報の中から引っ張り出してリスクを考える。何年も、そうしてきたように……。
「どうか……したのか?」
まりんの表情は固いものの、苦しげなそれではない。呼吸も落ち着いているし、体調が悪いわけではないようだが……。
となると――。
「薬でも失くしたのか!? 病院に付き添いが必要なんだな? よし、タクシーを拾ってこよう――」
ピンと閃き、身を翻した、そのときだった。
「違うの!」と慌てたように言って、まりんは俺の腕を掴んだ。「国矢くん、昨日、腹痛で早退した、て本庄くんから聞いたから……今日は、学校まで、まりんが付き添おうかと思って!」
は……?
腹痛で早退? なんだ、それは――と思いかけ、「あ」と思い出す。
そうだった。昨日、会長との一件のあと、俺は呆然としながらまっすぐ帰ったのだが……始業式の後――俺が会長を外階段へ連れ出してから――教室ではHRが行われていたらしいのだ。俺が帰宅してしばらくして、母さんが帰ってきて、『あんた、腹痛で早退したって? 担任の先生が心配していらっしゃったわよ』と心底、意外そうに言ってきたのだ。
なぜ、俺が腹痛なんて話になっているのだ、と不思議だったが……今、その謎が解けた気がする。まりんの口から出た名前――本庄くん、というキーワードで。
そういえば、会長を廊下から連れ去ったとき、本庄がぼそっと囁いていたんだ。腹痛ってことにしとくよ――と。
つまり、本庄だったんだな。俺のサボりを『腹痛』ということで、さりげなくフォローしてくれていたんだ。こういうのを、フォロワー……というのだろうか。そうか……俺にもフォロワーができたんだな。ありがとう、本庄!
「大丈夫だぞ、まりん!」自信満々に言って、俺はまりんに振り返る。「仮病だ!」
「え……」
俺の腕を掴みながら、きょとんとして俺を見上げるまりん。
ぐっと目頭が熱くなる。
風邪ひとつひかない免疫の化身とでも言っていい俺が、腹痛で早退したなんて聞いて、心配してくれたんだな。もう関わりたくも無いはずの
なんて、優しいんだ……!
「心配させてすまん」
俺の腕を掴むまりんの手をそっとはずし、努めて力強く言った。
「今日は、俺が先に行こう!」
せめて、元気よく歩く後ろ姿を見せて安心させねば。ストレスだって、まりんの身体に障るのだから――と、威勢良く、一歩踏み出したときだった。
「千早先輩に……何かされたの!?」
な……なんて……!?
ぎょっとして振り返り、
「何かされたって……なんだ、いきなり!?」
「だって……昨日、廊下で千早先輩に詰め寄られてて……ハクちゃん、すごく困った顔してたから……! そのあと、千早先輩連れて、逃げるようにどっか行っちゃって、学校も早退しちゃうし……だから――」
ぎゅっと両手を握りしめ、まりんはその愛らしい顔をきりっと凛々しくして、俺を見つめてきた。
「困ってるなら、言って。まりん、相談乗るから」
呆気にとられて、俺はぽかんとアホ丸出しで惚けてしまった。
相談に乗る……なんて。まりんに、そんなことを言われたのは初めてだった。
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