第17話 あり得ない幼馴染

「生徒会長、美人だったね〜」

「女優さんみたい!」

「女優というより歌姫じゃない? 声も綺麗だったしさ。歌とかも上手そう!」

「黒船、とか言っていた気がするけど……言い間違い? 大船……だよな? 実は、天然なのかな?」

「あの見た目で天然とか、可愛すぎだろ!」


 教室へと戻る列はわいわいと賑わい、そんな声が――生徒会長、千早千歳を崇めたてる賞賛の声が――あちらこちらで飛び交っていた。まるでお祭り騒ぎ。アイドルのコンサートの帰りは、こんな感じなのだろうか……なんて想像してしまう。

 俺はといえば……さながら、うっかり、コンサート帰りの列に紛れ込んでしまった一般人。ぽかんとしながら、川面に浮く枯れ葉のごとく、人の流れに身を任せて漂うように進んでいた。

 そうして、教室の前まで流れ着いたとき、


「国矢!」


 ざわつく廊下に、ひときわ爽やかな声が響き渡った。


「やっと、追いついた――て、どうしたんだ、そんな埴輪みたいな顔して!?」


 俺が振り返るなり、ぎょっとして目を丸くする本庄。そっちこそ、なんだ、その埴輪にでも会ったような表情は……と言いたいところだが。

 って、埴輪……?


「は……埴輪とはどういうことだ? 貶しているのか、褒めているのか? どんな反応をすればいいんだ!?」

「いや、どっちでもないけど」と戸惑いながらも言って、本庄はまじまじと俺の顔を見つめてくる。「なんか……生気が無いと言うか、魂でも抜かれたみたいな顔してるよ。何かあった――」


 そう問いかけて、本庄ははたりと言葉を切った。何やら言い淀み、気まずそうに視線を逸らす。


「って、聞くまでもないか。高良さんのこと……だよな。ごめん、俺、言い過ぎたよな。式の最中も、実は気になってて……」

「いや。まりんのこともあるが、実はそれだけじゃなくてだな……」


 埴輪のような顔……が、やはり、いまいち想像がつかないのだが。

 何かあったか、と問われれば、答えはYESだ。


「高良さん……だけじゃない、て?」

「実はな、本庄」身を屈めるようにして俺は本庄に顔を寄せ、低い声で切り出す。「今朝話した、もう一人の幼馴染なんだが……ここの生徒会長だったんだ。式の最中に分かって、度肝を抜かれたというか。正直、今もまだ動揺がおさまらん」

「生徒会長、て……」


 大きな目をぱちくりとさせてから、本庄は「え!?」と頓狂な声を上げた。


「千早千歳先輩か!?」

「こ……声がでかいぞ、本庄!」慌てて辺りを見回しながら、俺は押し殺した声で言う。「まだ、俺は会長のことを思い出せていないんだ。誰かに聞かれて、騒ぎになったら困る!」


 脳裏をよぎるのは、今朝の体育館裏での出来事だ。会長についてあれやこれやと質問責めに遭い、俺は彼女の名前さえ思い出せず、でくの棒となって立ち尽くした。幼馴染としてあるまじき醜態だ。会長が止めに入ってくれて、ことなきを得たが……もし、また同じような目に遭えば、どうなることか。最悪、誰かが気づいてしまうかもしれない。俺が会長のことをすっかり忘れていることを……。それだけは、なんとしても防がなくては。万が一、会長に、そんな事実が知られることになったら――まりんだけでなく、俺はもう一人の幼馴染まで傷つけることに……。

 ぐっと自然と拳を握り締めていた。

 絶対に、厭だ、と思った。

 決意を新たにするように顔を引き締め、誰か盗み聞きをしている奴はいないか、とギラリと鋭い眼差しで辺りを見回し、警戒していると、


「いや。千早先輩はぞ、国矢」


 どこか間の抜けた声で本庄が言うのが聞こえた。


「あり得ない……?」


 あり得ない――とは、どういうことだ?

 きょとんとして振り返ると、本庄は眉を顰めて困惑した表情を浮かべていた。


「実はさ、俺……去年の高校見学のとき、誘導係やってた在校生の人から千早先輩の話を聞いたことがあるんだ」

「高校見学……?」

「そこ、引っかかる!? いや、まあ、国矢はそんなの行ってなさそうだけど」


 何やら疲れた様子でため息吐き、本庄は「とにかく」と気を取り直したように言って、神妙な面持ちで俺をじっと見つめてきた。


「千早先輩のフルネームは、千早・ビクトリア・千歳。ニューヨーク生まれ、ロス育ち――らしい」

「は……?」


 千早……なんだって?

 入浴生まれ? 鳥栖とす育ち?


「さ……佐賀県の温泉街出身、ということか?」

「どんな変換してんの!? 違うよ。アメリカ出身の……つまり、帰国子女」

「アメリカ……って、USAか?」

「そう、USA。それ以外に何があるのか、逆に聞きたいけど」


 呆れ顔で言う本庄に、俺は何も言い返せずに固まった。

 アメリカ? アメリカの……ニューヨーク!?

 え――!?


「本庄……」と、俺は戸惑いながらも、やっとの思いで声を絞り出す。「俺はニューヨーカーではないぞ。どちらかといえば、出身地は鳥栖寄りだ」

「俺も、アメリカか鳥栖か、で言ったら鳥栖寄りだよ! ――だから、あり得ない、て言ってるんだろ。千早先輩は高校までは、ずっとアメリカ暮らし。どうやって、国矢と幼馴染になるんだ?」


 どうやってって……。

 ぽかんとして、しばらく本庄と見つめ合い、


「どうやって……なるんだ?」


 ――そう聞き返すことしか、できなかった。

 体育館から流れてくる人混みの中、二人で向かい合って呆然と立ち尽くし、


「つまり」ややあってから、本庄が渋面を浮かべてぽつりと結論を口にする。「向こうも、人違い……てことだろうね」

「人違い……って、いや、でも、俺の名前を――!」


 言いかけたときだった。


「きゃっ……!」

 

 喧騒に混じって、そんなか細い悲鳴が聞こえた。ほんの微かに……わずかだったけど。それでも、聞き逃すはずもない。

 ハッとして振り返って見つめた先で、やはり、その姿があった。

 六組の教室の前の廊下で、誰かとぶつかったのだろう、ふらつくまりん。考える間もなく、駆け出し――しかし、すぐに、ぴたりと足が止まった。

 俺が駆け寄るまでもなく、さっとまりんに手を貸す人影があったのだ。周りの視線が集まる中、まりんの肩を支え、寄り添うようにその傍らに佇んでいたのは……。


「あれ、会長じゃね?」


 どこからか、誰かがそう呟くのが聞こえた。


「あ、ほんとだ!」

「間近で見ると、やっぱり綺麗〜」

「なんで、こんなとこにいんの?」


 辺りがざわめき出し、俺の心臓も徐々に鼓動を早めていく。やがて、何やらまりんと言葉を交わしていたその人は、ふいにこちらを見て、


「あ、ハクマくん!」


 ひらりと手を振り、やはり親しげに俺の名を高らかに呼んだ。

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