第65話 颯鬼 5
「月ちゃん」
声をかけられて、花岡月子は振り返った。
「あ、磯女さん」
月子が振り返ると同時に月子に憑いている安田も振り返った。
安田の顔が少し歪むのは磯女を警戒しているようだ。
磯女はスーパーの袋を両手に下げていた。
これから夕方開店に向けての支度をするのだろう。
「暇ならちょっと寄っていかない? 美味しい和菓子があるのよ。美味いあんこを作る知り合いがいてね」
「あ、いいんですか」
「気にしない、気にしない」
日曜日、月子はふらふらと街を歩いていただけだ。
もちろん安田もお供のようについてくる。
部屋で二人きりでいるよりはあてもないが外を歩いている方がましだった。
「じゃ、荷物持ちます」
と月子が磯女の袋を一つ手にした。
「あらぁ、ありがとうね。荷物の一つも持てないような役立たずが側にいてもねぇ。側にいて掃除洗濯でもしてくれるならともかく、立ってるだけじゃねえぇ。本当、使えないわぁ」
と磯女が血だらけの安田を見ながらそう言った。
安田はいらっとしたような表情で、磯女を見た。
「あらぁ、悪霊風情があたしに何の文句がある? 悪霊になりたてのひよっこにすごまれる磯女さんじゃないよ。ひよっこなりに分かってんだろう? あたしの事は?」
と言い安田を見た。
白い磯女の肌がいっそう白くなり、光の加減によってその顔にも鱗がうっすら浮かぶ上がる。瞳の黒目の部分がにゅうっと細くなり、金色に光る。にやっと笑った、その喉の奥から先が二つに割れた細いベロがチロチロッと見え隠れする。
安田は嫌そうに顔を背けた。
そしてその姿を消した。
「消えた! 磯女さん、消えたわ! いなくなった!」
と月子が悲鳴のような声を上げた。
「いなくなったわけじゃないさ。そこにいる。ただ、月ちゃんの目には入らないようにしただけさ」
「でも……でも、見えなくなった……凄い……」
月子はぽろぽろと涙をこぼした。
「可哀想にねえ。あたしにこいつを追っ払える力があればねえ」
「ううん、ほんの一時でも見えなくなっただけで、う、うれし」
月子は涙を流しながら笑った。
「磯女さんって何か霊能力みたいなのがあるんですか? 何件もお祓いの所に行ったんだけど……全然、駄目だったのに」
「まあね、ちょっとばかりはねぇ。でも、人間の執着を断ち切るほどのもんじゃない。そんな事が出来るのは人間でもよほどの高僧でないとねぇ。街で小銭を稼いでるような霊能者じゃ駄目だろうね」
「そうですか……でも、何だか今日はいい気分、私、お料理とか手伝います!!」
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