第51話 犬神 9

「……お前と俺は十年前に縁を切った仲や。お前がこの先どうしようと俺には関係ない。好きにしたらええ」

 闇屋はやけに優しい口調でそう言った。

 まさかの闇屋の言葉に犬神はショックを受けたような顔になった。

(あにさん!)

「好きなとこへ行って好きなように暮らせ。もう俺に縛られんでもええ。お前みたいな獣型の妖に人間界での暮らしは酷やろ。これからは好きに野原を駆け回って、のんびり昼寝でもしたらええねん。本来、お前は人間好きやから、人間同士の復讐の道具にされるのは嫌だったはずや」

(もう俺は必要ないという意味か!)

「そうやない。十年、異国で苦労したんやろ? これからはのんびり暮らしたらええって話や。お前は実体がないからまた十年たったら身体が弱ってくる。そしたら颯鬼にでも力をもらえばええ」

(嫌だ、嫌だ!)

 犬神は嫌だ嫌だと大きな頭を左右に振った。

 身体をひっくり返して、腹を天井の方へ向けて左右に身体を振った。

(絶対嫌だ~~~追放なんて酷すぎる! いっそ殺してくれ!)

 大きな身体で床にごろごろごろと転げ回って犬神は嫌だ嫌だと繰り返した。

 その振動で部屋が揺れ、棚からいろんな物が落下してくる。

 落ちてきた本の下敷きになって泣き叫ぶ小鬼。

「うるさいわ!」

 ゴツン!と犬神の頭のてっぺんを闇屋の拳が殴った。

「何やねん、お前! どんな処罰でも受ける所存って侍みたいな事言うといてその態度か!」

(嫌なものは嫌なのだ~~やっと戻ってきたのに~~追放とか酷すぎるのだ~~ 人でなし~~~あにさんの人でなし~~~鬼~~~悪魔~~~)

 大きな図体でごろんごろんと転げ回る犬神と闇屋の顔色を見比べて妖達はおろおろとなっている。

「それに戻った言うても何も手土産もなしか。ああ? 愁傷な気持ちがあるんやったら詫び料に三億円くらい俺の前に積んで見せんかい!」

 と闇屋が怒鳴ると犬神は、

(さ、三億円……どこに行けばあるんだ?)

 と仲間の妖を振り返った。

(三億円ちゅうたら銀行にでも行かな手に入らんなぁ)

 と誰かが言ったので、犬神は(銀行……銀行……)とつぶやきながら部屋を出て行こうとした。

「あほか! 俺を罪人にする気か!」

 再び犬神の頭をゴツン!

(キューーー)

 と犬神は腹ばいになって大きな前足で頭の上を覆った。

「まあええ。三億円はお前のツケにしといたる。払いきるまでしっかり働けや」

 と闇屋が言った。

 犬神がぱっと飛び起きて闇屋に飛びかかった。

 大きなふさふさの尻尾をぶんぶん振りながら、大きな舌で闇屋の顔をペロペロと舐めた。

(よかったねー犬神ー)

(あにさんの粋な計らいってやつだよー)

 と小鬼達が言ったので、場にいた妖達は吹き出した。

「何かむかつくな、あいつらに言われたら」

 と言って苦笑した。

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