第44話 犬神 2

「全てうまくいっている。心配いらないよ。今日は報告に来ただけね。女と子供はうまくやっといたよ。川に流れて魚のエサね。死体もあがらない」

 という返事を受けてでっぷりと太った六条裕紀はほっと息をついた。

 資産家の父親が死亡し、全ての財産を受け継ぐ作業をしている中で発覚したのは隠し子の存在。十年間、誰にも気づかれないように父親個人の弁護士がその存在を隠していたらしい。認知はしてあるので、相続権も発生すると聞かされて六条は非常に焦った。

 財産を継ぐべく資産家の子供は姉と六条の二人だけだった。

 だが姉は十年前に死亡。今は六条だけが資産家の血を受け継ぐ人物のはずだった。

 十年前に老いた資産家の介護の名目で雇い入れた外国人労働者アン。

 安い給料で文句も言わず働くのでよしと思っていたら、資産家の父親がアンと結婚すると血迷った事を言い出す。

 むげに反対すれば自分達の行く末にも影響があるが、結婚なんぞされて財産が外国の労働者の一族へ分散されてしまうのは我慢ならない。

 その時は姉が秘策があると言い、つてを頼ってアンを密かに殺す為に殺し屋を雇った。

 結果は失敗と言えば失敗だろう。逆に姉は無残な死に方をした。

 だがアンは姿を消し、資産家とアンの結婚は阻止出来た。

 獣に食い散らかされたような姉の死に様は無残だったが、こちらも公に出来ない理由がある。姉の死は病死として発表し、全ては終わったと思っていた。

 ところがいざ資産家が死ぬと、アンが子供を産んでいる事が発覚した。

 資産家はよほどに用心してその存在を隠していたのだろう。

 それでも相続権の発生により、その存在が明らかになった。

 冗談じゃない。今更、父親違いとはいえ赤の他人も同然の外国人に遺産を半分も持っていかれるなど。

 悩みに悩んだ末、もう一度、殺す事にした。

 アンとその子供を殺す。

 つてを頼って選んだのはアンの故郷の暗黒街。

 同郷なら勝手も知ってやりやすいだろうし何より安い。

 姉がアン一人を殺す依頼をした日本の殺し屋よりも格段に安い。

 日本の殺し屋に払った一人殺す金額でアンとその子供殺しを依頼しても釣りがでるくらいだ。

「サービスしといたよ。私もこちらの、日本進出出来て、非常に嬉しい」

 カタコトなのはわざとなのか、六条の前に座った痩せた色の黒い男が下卑た笑みを浮かべながら言った。

 黒いコートを羽織り、黒い山高帽を被っている。丸いサングラスをしているので表情は読めない。

「だがねえ、日本の犬、老いぼれだったのに大変強かったね。私の攫猿、苦戦したね」

 と言って男は膝の上に抱いている猿の頭をなでた。

 猿はキーーと歯をむき出して笑った。

「でも、まあ依頼は達成した」

 六条はうなずいた。

「報告なら電話でもよかったのに。わざわざ」

「いやあ、何て言うのかな。そう! 営業だよ。営業。我々はこれから日本で仕事をする事にした。日本語ではまたご贔屓にと言うのかな?」

 男はにやにやと笑いながらそう言った。

「ああ、市場を拡大しに日本へ来たというわけか」

「そう! それだよ! あんたは顔が広そうだ。口を効いてもらえたら、ありがたいね。だからあんたの依頼も格安でやってあげただろう」

「格安? 確かに日本円で言えば安いだろうが、あんたの故郷ではそれが普通なんだろう?」

「そう言うなよ。日本では郷に従えばなんとか言うんだろう? これからは日本円でやらせてもらうからね」

「まあ、お好きなようにすればいいさ。私は望みを達成した。もうあんたに頼む事もないと思うが、誰かに聞かれたらあんたを推しとくよ」

「サンキューでーす」

 にたにたと笑いながら男は猿を肩の上に置いて帰って行った。

 猿は始終キーキーと叫んでいたが、最後に振り返って六条の目をじっと見てから笑った。  

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