あやかし刺青闇屋奇譚
竜月
第1話
昔ながらのアーケード街をずっと奥の方へ歩いて行く。昔は賑わっていただろう商店街も今はシャッターが閉まった店ばかりで、通路の中の照明も落とされて薄暗い。何軒かに一軒だけ細々と開いている昔からの店がある。ほぼ一日中、年寄りが店番に退屈そうに座っている。
奥の方へいくほどにだんだん薄暗くなり、そして途中から二股に分かれている。
一つの道はそれなりに明るく、まだ何軒かの店が開いているが、分かれたもう片方の道はますます薄暗くなっている。シャッターは全て閉まりその前に廃棄物が積み上げられた様は薄汚れた廃墟の通路のようになっている。奥まで行けば何年か前に建ったビルにふさがれて、細い路地があるだけだった。
その行き止まり付近に一軒だけ開いた店がある。
入り口の木のドアに「刺青 闇屋」と書き殴った木片がかけてある。
扉から中に入ると待合室のような部屋になっている。
固そうなソファと椅子がいくつか並んでいる。
部屋の中には姿は見えないがもぞもぞと蠢く気配が充満している。
壁一面には腕や背中、胸に入れた刺青の柄の写真が貼ってある。
昔ながらの和の彫り物が多いが中にはトライバルのような文字や、アメリカンタトゥーのようなアニメの図柄などもある。
闇屋は刺青の彫り物師であり、壁の写真はファッションとしての刺青を望んだ客への術後の成果だ。
しかし闇屋の刺青術はもう一つある。
テーブルの下には蠢く小鬼達がいた。
十五センチほどの小人で体には布きれを巻いていて、もじゃもじゃの頭髪からは小さい小さい角が生えている。
よく目をこらして見れば、部屋のあちらこちらに動く得体の知れない者達がいる。
これらは闇屋の肌に生息する刺青の図柄だ。
闇屋の妖力により存在を維持する、生きた図柄達。
闇屋の全身に彫り込まれた多数の生きた図柄は今日も闇屋に呼ばれて用事を言いつけられるのを待っている。
依頼人の肌に彫り込まれその憎しみと執念が図柄達に届いたとき、彼らはその身を離れて復讐に乗り出すのだ。
闇屋の刺青術は復讐の一刺し。
「お、お世話になりました」
と言って次の部屋から男が出てきた。
サラリーマン風の中年男だ。
刺青が終わったらしく、そしてその痛みに耐えながらぎくしゃくした動きで鳴宮の前を通って行った。
「ちゃんと代金、振り込んでや」
続いてくわえ煙草に火をつけながら闇屋が出てきた。
中年男はぺこぺこと頭を下げて、鞄をぎゅっと抱え込んでから事務所を出て行った。
闇屋はパソコンデスクの前の椅子にどかっと座った。
黒髪に切れ長の黒い双眸。時折、その目が赤く光って見える時もある。
長身でよい体格をしているが、マッチョというほどでもない。
すらっと手足の長い存在感のある男だが、少しばかり冷たそうな表情をしている。
アロハシャツを羽織っているが、首、肩、胸、腹、足、手のひらや指の先まで様々な彫り物で埋め尽くされているのでどこまでがシャツの柄か見分けがつかない。
生息する図柄達は時折ふらっと抜け出て息抜きは可能だが、闇屋から遠く離れてしまえばその存在は消滅してしまう。
遠くへ出かけられるのは、復讐の一刺しの図柄に選ばれた時だけだ。
図柄達はそれを楽しみにずっと大人しく待っているのだ。
「お疲れ様です」
と鳴宮が言った。
「おう」
と闇屋は短く答えてどさっと椅子に座った。
テーブルに足を上げて行儀の悪い男だ。
「誰の仕事なんですか?」
と鳴宮が聞いた。
復讐の仕事を取ってくるのは自称マネージャーの鳴宮の仕事だが、どんな柄が活躍して人を呪い殺すのかまでは分からない。
鳴宮の前身はホストだった男で、かなりの整った顔立ちに洒落た服装をしている。
「疫病神やで、楽しみやろ」
と闇屋が人懐こい笑顔を見せた。
「疫病神ってどんな災いっすか?」
鳴宮の問いに闇屋は首をひねって、
「さあなぁ。えげつない病気かもしれんし、一家離散かもしれん。通り魔に殺られたやつもおったしなぁ。疫病神の気分次第みたいやで」
と答えた。
(疫病神でっか、そりゃあ悲惨な目に遭わされるこっちゃ)
姿は見えないが声がする。
先ほど出て行ったあの客はどこかの誰かを恨み、復讐する為に背中に疫病神の図柄を背負ったのだ。
(疫病神はほんましゃれにならん病を持ってるからなぁ)
またどこからか別の声がする。
(そうや……まあ、それに耐えられたら満願成就や。せいぜい気張ってもらわんとな、あにさん、うちにも機会をくださいなぁ。役に立ってみせますえ)
赤青緑とカラフルな着物を襟ぐりを大きく広げた非常に色っぽい女が姿を現した。長い裾が広がりちらりと見える足は白くなまめかしい。腕に抱いた赤ん坊は赤い前掛けをしている。その赤ん坊がケケケケと笑った。笑ったその口元からはするどいギザギザの歯が覗いている。彼女もまた闇屋の一図柄で赤ん坊を抱いたままふわふわと部屋を漂っている。
鬼子母神が甘えるように闇屋にしな垂れかかり鳴宮を見た。
(鳴宮ぁ、うちの為に仕事取ってきておくれねえ)
「もちろんですよ、鬼子母神の姐さん」
鳴宮の声にふらふらと漂っている図柄達がざわめいた。
我こそはと名乗りを上げる。
暇潰しに全ての人間どもを殺してやると呟いている。
「お、お客様です」
助手の廣瀬が足を引きずりながら、顔を出した。
闇屋はちらっと廣瀬を見たが返事をしなかった。
頬杖をついて、コーヒーカップを取り上げた。
「あの……」
「聞こえてる」
「す、すみません」
一瞬、廣瀬は怯えたような顔をしたが、また怒られるのを恐れてそうそうに引っ込んだ。
ずるずると足を引きずる音が遠ざかって、やがて玄関から人の声がする。
廣瀬が客を作業場へ通したのだろう。
大抵の客は驚く。
廣瀬の化けもののような顔を見て酷く驚く。悲鳴を上げる客さえいる。
廣瀬は不細工な男だった。
顔面が大きく平べったく、イボガエルのような顔をしている。
姿勢も悪く、足を引きずって歩く。
卑屈な気味の悪い男だが、闇屋には必要だった。
廣瀬は呪いに失敗し、自らの身にすべてを被ってしまった失敗作品だったからだ。
「呪いに失敗するのは本人の意志が弱いからや。憎うて憎うてしゃあない、命かけて復讐したい、今はそう思うてるかもしれんけど、実際、相手を殺すほどの呪いはよほどの我慢がいる。人間、そうそう我慢強うないで。泣いて、もうやめる、いうんが関の山や。実際、ここにいる化けもんがその失敗のなれの果てや」
そう言って闇屋は廣瀬を客に見せる。
客は驚いて廣瀬を凝視する。
「このおっさんはまだましやで。命まで落とさんかった。でも、失敗は死につながる。憎い相手はぴんぴんして、あんたが死ぬことになる」
大抵の客は迷うような表情を見せるが、闇屋の次の言葉で決断する。
「そんかわり、成功したら面白いもんが見られるで。殺してしまいたい憎い相手の最後を高見の見物っちゅうやっちゃ。俺の刺した彫りもんがあんたに最高の夢を見せてくれるで。今までの地獄の日々にさよならする最高のショーや。そんで次の日、新聞見てみ。笑いが止まらんで」
闇屋の笑顔に魅せられて、客はうなずく。
大枚をはたいて、命を賭けた復讐劇が始まるのだった。
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