第五十六話 黒=悪というイメージ
正直な所、もうちょっと時間が掛かるかと思っていたのにドラスケと“ロイ氏”のお陰で早々と重要な証拠を手に出来た俺は来た時と同じ要領で『隠形』を使いつつ町から脱出する事にした。
そう提案するとドラスケは『少し用事がある』と俺の肩から離れて、数分後に町の外で落ち合う約束をしたのだが……。
『待たせたな』
「うお!? お前その体……」
俺は合流した時のヤツの変貌にギョッとしてしまう。
白い骨のハズだったヤツの全身が青黒く変色していたのだから……変な話それだけでさっきよりも強くなったように思える。
理由を聞くとドラスケは町中を飛び回ってさっきと同じような『黒い霧』みたいなヤツを吸収しまくっていたらしく、今の変化はその代償だそうだが……。
『ヤツらを成仏させるにはコレが一番手っ取り早いからのう』
「って、お前自身は大丈夫なのかよ? そんな変貌を遂げて置いてアンデッドだから大丈夫って気がしねぇけど!?」
怨念の楔を吸収して死者を弔う精神は立派だが、そのせいで異変が起きたら本末転倒だろう。
しかしドラスケは余裕のある態度を崩さず腕組みしていた。
『ふん、肉体と精神が重なる生者であると『邪気』により変質してしまうが、アンデッドは肉体と精神が乖離した存在……死後も生前の意識を保ち上位種と化した我は“空っぽの肉体に”一時的に怨念に居場所を貸しているだけであるからな。その時が来たら遠慮なく出てってもらうのである』
「肉体と精神が乖離?」
『……分かりやすく言えば生者は馬のみに荷物を乗せるようなもの、アンデッドは精神が馬で肉体が荷馬車だと思えば良い』
ああ、そう言われれば何となくわかる。
幾ら屈強な馬でも直接全ての荷物を乗せられたら潰れてしまうけど、荷馬車と別にしていれば引っ張る事は出来るからな。
そんな事を言われると、俺はますます“乗せる荷物”の事が気になってしまう。
「なあドラスケ、さっきは聞きそびれたけど邪人って何なんだ? 怨念とかも結構フワッとしてて良く分からなかったけど……」
『む? 貴様、風体の割には勤勉で物知りであるとは思っておったのに、妙な常識を知らんのだな……』
「その辺はほっといてくれ……」
基本が独学と神様の特殊学習のせいで知識に偏りがあるのは否定できないけど、そもそも『怨念』とか『邪気』とかの定義が曖昧なのだ。
その辺は精霊神教のエレメンタル教会が『教義』として広めている事が妙に曖昧である事が原因の一端だと思う……これについては俺だけの問題じゃなさそうだが。
『まあ良いか。邪人とは文字通り『邪気』を取り込み過ぎた人間が精神に異常をきたして魔力を増幅、強化させてしまい、時には姿かたちさえも異形と化してしまう恐ろしい状態の事であるな』
「邪気とか怨念って魔力の一種じゃね~の? イメージ的には闇の魔力の一種って思ってたんだけど」
『違うな……闇の魔力はあくまでも魔力、自然界の精霊を源にする力に負の感情たる邪気は直接の関係はない』
これも教義で語られる事に左右されている気がする。
暗い事、負の感情は闇の精霊『アンク』が請け負っていると一般的には知られているからな……。
シエルさんも『闇の魔力=悪ではない』とハッキリ言っていたけど、一般的にそうやって曲解しやすいようになっているんだよな。
「邪気と闇の魔力はあくまでも別ってか?」
『……何者が望もうと望むまいと夜は来るし朝日は昇る。魔力と言うのはそれと同じようなものでしかないのだ』
……そう言われると闇=邪気、怨念とつなげて考えるのは確かにおかしく思えて来る。
『闇の魔力がそうイメージされやすい一端にはアンデッドを構成する魔核が大抵闇の魔力であるからだろうが……突き詰めると火属性や光属性の魔核を持つアンデッドだって存在するのだぞ?』
「うそ!?」
『本当である。魔法研究の為に己をリッチに姿に変えた輩が生前の光魔法を使うなどと言うのもいたしのう』
光属性のアンデッドが存在する!? そんな可能性を考えた事も無かった俺は衝撃を受けていた。
アンデッドが邪悪な存在かは分からない、それもシエルさんが懸念していた事だったが……闇の魔力と怨念に決定的な繋がりは無いのならアンデッドが邪悪な存在と定義する教義はまたもや否定される事になる。
……今考えても仕方が無い事だけど。
「ヤベェな……今まで漠然とぼやかしていた事がこんな感じで知ってしまうと混乱する」
『何も難しく考える事じゃあるまい。力は所詮力、色や形で善悪は決まらん……結局は使い方の問題である。邪気とはすなわち『武力』ではなく『想い』だからのう』
200年前に竜騎士だったらしいドラスケにとっては常識だったのかもしれないが、そうやって言われると今の教義には闇と邪気を混在させて曖昧にしている節が出て来る。
大図書館で見た建国の歴史で封じられた『邪神』というのが何なのか……こんな時だと言うのに朧げに見えて来た気がして鳥肌が立つ。
神様……勇者が倒した“アレ”は何人分、何年分の邪気なんっスか?
それから俺は坑道に辿り着くまでの間、ドラスケに散々説教されていた。
聞けば確かに無自覚に危険な事をしていたようで、俺は甘んじて受けるしかないのだが。
「だからこそ、恨みつらみを残した亡霊を哀れに想おうとも、その重い想いは簡単に受け継いではイカンのだ! 生者が直接受け取る危険は肝に銘じておくのだ!!』
「わ、分かった悪かったって……」
飛び回りべしべし頭を叩いて来るドラスケ……一応心配してくれているのだからあんまり強くは出れん。
しかしコイツ……見た目のコミカルさとは裏腹に妙に武人ポイかと思えば老獪に周りを見る事もしていて……何と言うか油断ならない雰囲気がある。
トロイメア犯罪の証拠を見つける手助けをしてくれたし、信用ならないという事では無いのだがな。
俺は書類や手紙などをどう使うのが良いのか、今のところはまだ考えていない。
全員が集合した時に相談するつもりなのだ。
……シエルさんに真実を話す事も含めて……ここまで来たら聖女エルシエルに異端審問官として行動してもらうしかないからな。
少々細工を施さないと面倒事もありそうだし……。
預言書から想像するしか無いけど、あの冷静で腕の立つリリーさんがこの町関連で殺されたと想定するなら、ここからが本当の正念場だろうし。
……さて、どう立ち回るべきか。
そう思いながら坑道の入り口付近に辿り着いた時、俺の“索敵範囲に何かが引っかかった”と思った一瞬で二つの影が飛び出してきて襲い掛かる。
俺の右肩を目掛けて……。
「ギラルさん危ない!! 肩に強力なアンデッドが!!」
「ギラル君の気配察知に気付かれずに憑りつくなんて、侮れないアンデッドですね!!」
『うお!?』
それは俺がアンデッドに襲われるから憑りつかれるかしていると勘違いしたカチーナさんとシエルさん……二人とも心配してくれたのは良いけど、振り下ろされたカトラスと棍をドラスケは見事にかわした。
自分でバラバラになるという離れ業で……当然後に残るのは、単なる俺の肩である。
訓練場の時とは違って、受けたら死ぬ!?
その一瞬の判断で身を翻した俺の前髪の一部を掠め“死を感じる風圧”を残して剣と棍が通り過ぎて行った。
一筋の冷や汗が流れ落ちる。
ちびらなかった自らの膀胱をこの時ばかりは誉め称えよう。
俺がジトっと睨むと二人はバツが悪そうな顔になった。
「あ、あら?」
「おや?」
「あら、おや、じゃねぇ!! アンタら俺を殺す気か!? アンデッド単体を狙うならまだしも完全に振り抜く威力だったじゃねぇか!!」
神様……俺はやっぱり真っ二つになって死ぬ運命なのか!?
せめてコミカルに殺られるのは勘弁して欲しいんだけど……。
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