第二話「帰宅したらジジイを処刑します」

「おお、帰ってきたか。どうじゃ、ロボットであることをきちんと隠し通して一日を終えられたか?」

「ええ、無事ですとも。毎日確認してこなくても大丈夫ですよ、ジジイ。もし失敗したとしても正直に言うはずないですから」

「まぁ、お前の場合は失敗したら顔に出ると思うし……確かに確認することじゃないかも知れんの」


 学校から帰宅した私と、お茶の間のテレビで時代劇を見ていた博士――いえ、ジジイとのやり取り。


 自宅――愛朔ロボット研究所はガレージを作業場に改造しただけの一般的な和風建築の一軒家。


 ですので、畳にちゃぶ台、テレビを見ながらお茶をすするジジイまで何もかもがテンプレの体現であるかのように存在しています。


 ちなみにジジイというのは私を作った博士のこと。外では一応博士と呼んでいますが、家では隠す必要がありませんからね。私は老人虐待の誹りも恐れず、目の前のジジイを平気で蔑みぞんざいに扱っています。


「それにお前の視覚や聴覚情報はその気になれば動画データとしていつでも取り出せるからの。嘘は意味ないんじゃよなぁ」

「プライバシーの侵害です。今すぐその機能を取り外しなさい、クソジジイ」

「……気に入らんことがあるとクソで修飾するのやめんか、お前は。それにロボなんじゃからそういう昨日は当然じゃろ。今は車にだってドライブレコーダーがついている時代じゃぞ?」

「私を車と一緒にしないで下さい」

「お前はロボットなんじゃから車なんて親戚みたいなもんじゃろうが……」


 呆れたような物言いをしつつ、お茶をずずっと啜るジジイ。


 正直、今日の姫崎さんとのやり取りを見られると普通にアウトのような気がします。……いえ、きちんと論破していたので問題はないでしょうか?


「とはいえ、お前さんの学校生活ってどういう感じなんじゃ? もしかしてと思うが、休み時間になったら机の上で顔を伏せて寝たふりしてたり、黒板の文字をボーっと読んでる人になっとたりせんじゃろな?」

「そんなわけはないでしょう。休み時間、授業中問わず常時頭の中でY○U TUBE開きっぱなしですよ。知ってますか、メントスコーラって?」

「何じゃ、そりゃ? 新しい味のコーラかの」

「知らないのなら今度ごちそうしますからお小遣いを寄越しなさい、ジジイ」

「乱暴な物言いじゃのぉ……。まぁ、ワシのために買ってきてくれるという気遣いは普通にありがたい。それにお前には小遣いを持たせようと思っておったんじゃ」


 ジジイはそう言うと重い腰を上げて立ち上がり、壁際に設置された箪笥の中から財布を取り出します。


「いくらくらいあれば今の女子高生は楽しめるんじゃろなぁ。とりあえず三百円くらいで始めてみるか?」

「ナメてるんですか、ジジイ。十万円は寄越しなさい」

「ナメとるのはお前の方じゃろ……。ウチに十万なんてまとまった金はないぞ。お前を作る材料費で金は吹き飛んでいったからの」

「じゃあいくら出せるんですか?」

「今ワシの財布の中身が四万円じゃから……」

「じゃあ四万円でいいですよ」

「お前、無慈悲すぎじゃろ! 全額むしり取ろうとすな!」


 とりあえず妥協案ということで一万円を受け取りました。


 明日はメントスとコーラを買ってジジイを処刑するとして、このお金は他にどんな用途で使えばいいのでしょう?


 腰をだいぶやってしまっているのか、庇いながら座布団の上に座ったジジイ。


「さて、小遣いを渡したからにはきちんと友達と遊んだりするんじゃぞ? 今日みたいに時代劇が再放送している時間帯に帰ってきてはいかん」

「じゃあ公園で時間を潰して、何事もなかったかのように帰宅します」

「バカ! 仕事を失ったのに家族に打ち明けられないサラリーマンみたいなことするんじゃない! 友達と遊ぶんじゃよ。お前、どうせ学校で他人と関わらないようにしてロボバレを防いでいるんじゃろ?」

「そうですよ。だって、クソジジイがバレるなって言ったのでしょう」

「またクソで修飾したな! さっきのワシの発言の何が気に入らなかったんじゃ! ……まあ、いいわい。ワシはお前の完成度を確かめるため学校生活をさせておる。なら寧ろ、学校の人間とガンガン交流してもらわんと!」


 ジジイの長ったらしいセリフは聞き流し、ネット検索で『メントスコーラ 致死量』で調べていた私ですが、とりあえず――淡白な学校生活は送るなと言われているのでしょう。


 わざわざ危険を冒してまで他人と関わって――しかし、バレるなと?


 とはいえ、そうでないと実験にならないのでしょう。ジジイは何故かロボバレしない完成度に仕上がっているかを気にして、私を高校に送り込んだのですからね。


「それは分かりましたが、他人と関わろうとした結果友達ができないなんてことになったら、それは仕方ないと諦めてくださいね」

「ん? あぁ、そういう逃げ道もあるか。……なら、お前が学校で人気が出るように改造しておこう。明日、スリープモードから覚めた時を楽しみにしておけい!」

「何をする気か知りませんが眠っている私にいやらしい願望をぶつけたらタダでは済ませませんよ」

「自分で作ったロボットに欲情するとか、ワシはそんな奇特な変態じゃないわい」


        ○


 翌日――私が学校に登校して少しすると、周囲に生徒が集まってくる不可解な現象が起きました。皆、スマホを片手に「助かるわ~」などと口にするものですから、ジジイの改造の結果だとすぐに分かりました。


 一体何を改造されたのか?


 朝起きた時、鏡を見ても外見的には何も変化はなかったはずなのですが。


「姫崎さん、あなたまでやってきて……皆はどうして私の周りに集まっているのですか?」

「どうしてって、それは愛朔さんが一番分かってるんじゃないの? みんなのためを思ってやってるんでしょ?」


 姫崎さんまでもがスマホを手にしており、私はそこに何かヒントがあると思い至る――のですが、さっぱり分かりません。


 すると、姫崎さんが意地悪な笑みを浮かべて口を開きます。


「みんなのためにwi-fi出してくるなんて凄いね。やっぱりロボットじゃん」

「――な!? 今、私からwi-fiが出ているのですか!? そんな馬鹿な!」


 確認してみると「ご自由にどうぞby愛朔」という名前のwi-fiが出ていました。……そう、みんなと仲良くなるためジジイが施した改造、それはwi-fiのフリースポット化だったのです。


 ロボバレの手伝いになりかねない狂気の発想としか言いようがありません。

 ……あのジジイは何がしたいのですかっ!


 とりあえず、いつものごとくクールに否定の言葉を口にしておきます。


「ロボットじゃないです! ですから、私でネット接続しないで下さい!」


 とりあえず、帰宅したらジジイを処刑します。

 口内メントスコーラでマーライオンの刑に処す!

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