にんじん食べないとにんじんにされる法ができた
茶碗蒸し
にんじん
『にんじん食べないとにんじんにされる』
20XX年そんなふざけた法律ができてしまった。
そのせいでこの施設では
「ぐわぁー助けてくれ」
悲痛の声が響いた。その直後血も涙もないにんじん隊がきて捕獲されてしまった。
(なんてむごいことをするやつらなんだ)
あっという間に捕まった人はにんじんの格好をさせられ、にんじんの歌を歌わされていた。その光景を見て明日は我が身だと足がガクガク震えた。というのも私は先程夕食のカレーに入っていたにんじんを取り除きトイレでこっそりと流したばかりだった。
(さようなら、にんじん)
この法律は2週間ごとに野菜が変わる。農家と政府が手を組んだ恐ろしい政策だ。
1番はじめは玉ねぎだった。オニオンリング、玉ねぎサラダ、玉ねぎの味噌汁など好きなものはいくらでもあり余裕であった。玉ねぎに変えられる人をあざらっていたところもあったかもしれない。大嫌いな課長が変えられた時は嬉しさのあまり家で1人祝酒をしたほどだった。
その次のブロッコリーについても大好きなのでマヨネーズをつけて余裕をかましていた。3番目のピーマンについてはあまり得意ではなかったが木っ端微塵と言っていいほど細かく切り刻みハンバーグに入れる事でなんとか危機を乗り越えた。
しかしにんじんはダメだ……
あれは家庭科の時間だった。ささいなことからクラスの男子と喧嘩になってしまった。ヒートアップしていき頭から牛乳をかけたところ鼻ににんじんを無理矢理詰められてしまった。その日以来にんじんは恐怖の存在に変わった。ミキサーで見えないほどにあいつの存在をなくしても食べられなかった。
私にとってにんじんはもはや兵器でしかない。それでもあんなよくわからないふざけた法律ができるまで平和であった。
【野菜を食べないといけない】
その法律ができた時にまずいとは思った。しかしこんな早くにんじんの日はこないだろうと甘く考えていた。
「今回はにんじんです」
ニュースキャスターの口から発表された瞬間に私は膝から崩れ落ちた。
「にんじんなど無理だ!あいつはそんなに甘いやつではない!くそ」
おもわず1人家で叫んだ。こうなれば私に残された選択肢はたった1つ、そう2週間耐える事である。その期間を無事に過ごす事が出来れば次の野菜に変わる。そうすればあいつが負け、私の勝ちだ。その間なんとしてでも耐えると決めにんじん集団に見つからないように静かに生活をしていた。その甲斐あってかにんじん隊に見つかる様子もないまま平和に時は過ぎていった。
しかし12日目の夕方事態は急変した!
「君だな」
突然現れたにんじん隊に言われた。
どうやら密告したものがいるようだ。おそらく課長である。以前課長が玉ねぎ姿に変えられた時に声を出して笑ってしまった。さらにスマホの待ち受け画面を課長の玉ねぎ姿にして大笑いしていたのを見られてしまったからかもしれない。たぬきと瓜二つの顔で、これぞ中年太りといえるほど見事に出た腹のおやじが玉ねぎコスチュームを着ているのだから笑わないでいるほうが不可能だった。
「要注意人物である君はこれから残りの期間、我々の監視下におかれる。ついてこい」
オレンジ色の派手な制服を着たにんじん隊は私に冷たく言った。
こうして私は残りの期間を特別施設で監視されることとなってしまった。見た目は小学校のような建物だがここに入ったもので無事に帰れたものはいない。皆野菜の姿に変えられてしまうおそろしい場所であった。
その日の夜は夕食のカレーをうまくトイレに流し部屋に戻った。部屋は寮のように殺風景であったがその壁には
【みんなにんじん大好き♡】
とどでかい文字で今流行りのアイドルがにんじんとハグをしているポスターが貼ってある。その恐怖のポスターから目を逸らすと机の上ににんじんのミニチュアが置かれていた。小さくて可愛らしいにんじんのミニチュアではあるものの私にとって脅威であることは変わらない。気を休めることも許さないこの部屋で疲れもあり気づいたら眠っていた。
【にんじんとの戦い 13日目】
そして次の朝さっそくにんじんに変えられた人が出た。朝食のポテトサラダに入っていたにんじんをいったん口に含みその後中庭のゴミ箱に捨てようとしたところを運悪くにんじん隊に見つかってしまったようだ。逃げようとしたもののすぐに捕まってしまっていた。
(かわいそうに)
そしてあっという間に忌々しいオレンジ色のにんじん姿に変えられ死んだ魚のような目になっていた。
「カロテンがすごい♫食物繊維もある♪
美肌にもなれる♫
なんてすごい♫
にんじん、にんじん、にんじん♬」
と歌まで歌わされるのだ。なんという屈辱だ。考えただけで震えが止まらない。震える手を抑えトイレに急ぎポテトサラダのにんじんを流した。
(バイバイ、にんじん)
そのあと足早に部屋に戻った。ここは地獄のような施設であるものの基本的には自由に過ごしてよい。本を読んでいても、ゲームをしていても寝ていても自由である。
ただし、朝昼晩のご飯の時間だけは皆食堂に集められそこでにんじんを食べれるかを厳しくチェックされるのだ。そこで食べられないと判断されたら最後、先程の酷い仕打ちが待っている。
部屋に戻ってからは恐怖の記憶を無くすためにスマートフォンで猫動画を見てお昼まで時間を潰すことにした。
(かわいいな、丸くなってる、うふふ)
お昼になり食堂の席につくと目の前にオムライス、スープ、トマトサラダが運ばれてきた。とろっとした半熟卵の上に香ばしい香りのデミグラスソースがかかっていた。芸術品のように美しい一品だ。
隣の席に座った人は見るからに美味しそうなオムライスの誘惑に負け口に含み幸せそうな顔をして味わっていた。
(私の目はごまかされない)
この中に細かく刻まれた憎きにんじんが潜んでいるとにらんだ私は優しく卵のベールをフォークで剥がしていった。
「やはり、隠れていたか」
静かにつぶやいた。
目の前には、細かくした事で姿をうまく紛らわせているあいつがいた。目を凝らしひとつひとつどかしていった。根気のいる作業であったがくじけず全てを取り除きにんじんを口に含んだ。会社で出社していても欠勤扱いされるくらい存在感がない自分の特殊能力に感謝しながらトイレに向かいにんじんを流した。
(さらば、にんじん)
部屋に戻り猫が段ボールの中でゴロゴロしているというただただかわいい動画を見て夜まで時間を潰して過ごすことにした。猫が好きだからも多少はあるが何より現実逃避するために必要だったのだ。
(にゃんてかわいいのかにゃ、うほほほ)
猫に癒されているとあっという間に夜ご飯の時間になった。いつもと変わらず食堂の席に着いた。目の前に美味しそうな肉じゃがが運ばれてきた。こんな美味しそうな肉じゃがが出てきたら世の男性は胃袋をつかまれてしまうだろうと思わせるクオリティであった。
しかし、そこにはあいつがいた。お昼の時はひっそりと身を隠していたが今はゴロリと大きな身体でその存在感をアピールしている。
「くそ、なんていう威圧感だ」
あまりの存在感に直視することができなかった。またあいつはじっくり煮込まれ出汁が染み込み柔らかくなっているため箸で強くつかむ事さえ許してはくれなかった。
「崩れるなんてずるいぞ」
悔しさをにじませながらあいつに言い放った。それでも気難しい女を扱うように優しくそれでいて包み込むように箸でどかすことに成功した。そのあとはもちろんトイレへと急いだ。
「こら、待て」
にんじん隊の声がした。その声におそるおそる振り返ると
「す、すいません」
怯えた男性の声がした。男性は肉じゃがのにんじんを窓から捨てようとしているところであった。見つかった男性は、にんじんのコスチュームに変えられあの歌を歌わされていた。怖くなった私は急いでトイレの個室に入りにんじんを流した。
(グッバイ、にんじん)
部屋に戻ってきた私は不安と恐怖でいっぱいになっていた。このまま私も同じようににんじんの格好で歌を歌わされるのでないかそう考え1人頭を抱え怯えていた。しばらく怯えていたがどうにか気を紛らわそうとテレビのリモコンを押した。
『ポチッ』
『たった今入った情報です、今度の野菜はなす、なすに決まったとの事です!』
慌てたアナウンサーの声が耳に入ってきた。
「ナス!うひょーーーー」
嬉しさのあまり雄叫びをあげガッツポーズをしていた。ナスは大好きである。
「焼きナスで食べたい、麻婆ナスもいいな」
そんな事を1人でつぶやいていると先程の恐怖は消えていた。布団に入り久しぶりにぐっすりと寝ることができた。夢の中で食べた揚げナスは美味しかった。
【にんじんとの戦い 最終日】
今日までなんとか生き延びる事ができた。そしてもうすぐ長く苦しい戦いも終わると思うと食堂に行く足取りもいつもより軽やかになった。席につくと目の前に料理が運ばれてきた。
(今日のメニューは、ウインナー、スクランブルエッグ、サンドイッチか)
そう安心しているのもつかの間、目の前にはこんもりと盛られたにんじん入りサラダが置かれた。
「サラダも残さず食べるように」
にんじん隊がニヤリと笑い大きな声で言った。
(くそ、キャベツと一緒に入っててとにかく取り除きにくい)
それでも爆弾処理班のようにひとつひとつ慎重に時間をかけなんとか取り除く事に成功した。あとは口に入れトイレまで行くだけとなった時
「負けました、にんじん食べます」
このひどい仕打ちに耐えられず負けた人達が言った。そう言うとその人達は、にんじんサラダを口に急いで入れ目の前にあったお茶で流し込んでいた。とても苦しいようでまぶたを固くつぶり眉間に皺を寄せ必死に咀嚼していた。あいつの存在はそう簡単に消えないため何度もお茶を口に運んでいた。その姿に涙がこぼれそうになった。
「よし、合格だ!施設から出てもにんじんをちゃんと食べるんだぞ」
その光景を見ていたにんじん隊は勝ち誇った顔をして言った。こんな血も涙もないやつらに負けるわけにはいかないとテーブルの下で拳を強く握りしめた。決意を新たにしハムスターのように頬にため込んだままトイレに行き憎きにんじんを流した。
(あばよ、にんじん)
その後部屋に戻るまでに、にんじんの姿に変えられる哀れな人達を2人ほど見かけた。部屋に戻った時にはじっとりとした嫌な汗をかいていた。こんな施設にいたら身体がもたない。そんな恐怖に潰されそうになりながらもスマホで猫動画を見ることで耐えていた。
(かわいいな、肉球がたまらない)
猫動画を見ていたおかげでなんとか時間を潰すことができた。苦しかった生活もついにあと1時間となった。お昼ご飯さえうまくやり過ごす事ができればあとは部屋で13時になるのを待てば良いだけだ。13時になった瞬間私は自由。もうにんじん隊の存在に怯える必要などない。目の前でにんじんを踏みつけたとしても誰も私をとめるものはいない。その光景を考えるだけでワクワクし興奮が止まらなかった。
「あいつを踏みつけてやる」
1人つぶやきニヤリと笑い食堂へ移動した。
席につくと最後の料理が運ばれてきた。
(冷奴、春雨サラダ、たまごスープそれと)
そしてメインのあいつが運ばれてきた。最後のあいつはいやというほどテカテカと輝いていた。
「酢豚か、余裕だな」
勝利宣言を口にした。小学生の時から先生にいかにバレずにんじんを排除するかを日々鍛えていた私にとって酢豚は楽勝であった。酢豚のあいつを睨み楽々と箸でつかむ事に成功し口に入れようとした。しかしテカテカしたあいつを想像するとどうしても口を開ける事が出来なかった。
(べたべたで気持ち悪い)
仕方なくティッシュに包んでトイレに持っていくことに決めた。ティッシュを準備しそっとあいつを包もうとしたところつるんと逃げ出し転がって床に着地した。
「あっ」
思わず声が漏れてしまった。
その瞬間にんじん隊は立ち上がり私めがけて追っかけてきた。
(まずい逃げなくては!)
にんじん隊の手にはにんじんのコスチュームが握られていた。私は急いで階段を駆け上がった。そのすぐ後をにんじん隊は追っかけてくる。
「待てーー」
(ここで捕まるわけにはいかない!)
あと20分でナスに変わるのだ。それまでなんとしても逃げたいと腕を振り無我夢中で走った。
(このままじゃ捕まってしまう)
とっさに廊下の突き当たりにあったトイレへ急いで駆け込んだ。心臓がうるさいほどバクバクしている。すぐににんじん隊の足音が近づいてきた。
ドカドカドカドカ
「どこに行った?絶対に逃すな、私は上の階に行く」
「では我々は倉庫と会議室を見てくる」
にんじん隊は散らばっていった。
(助かった)
ほっとため息をついた。しかしいつ戻ってくるかも分からない。息を殺し憎きにんじんを、そして美味しいナスを考え耐えていた。時間が止まっているように感じ何度も腕時計の針を確認した。
カチカチカチカチ
残り1分になった。もうすぐ終わる!私の勝ちだ。にんじんに勝ったのだと安心し大きく息を吐いた瞬間
ドンドンドンドン
ものすごい音でドアをノックされた。
「そこにいるのは分かってる!大人しく出てこい!」
にんじん隊の叫ぶ声がした。そして続けてドアノブをガチャガチャしはじめた。
(もう逃げられない!)
絶体絶命で時計を見ると残りはあと10秒。
(よし、私の勝ちだ)
確信してトイレから出ることにした。ゆっくり時間をかけて立ち上がりトイレの蓋をして出ようとした。時計で残り2秒と確認したところでエチケットを思いだし、あわててトイレスプレーをワンプッシュしてから笑顔で出た。
プシューーーー
その瞬間芳香剤のなんともいえない強烈な匂いが鼻にツーンと刺さった。
「残念、お前の負けだ!」
にんじん隊は笑って言った。
意味が分からずにポカンとしていると
「トイレスプレーの匂いをかいでみろ?」
「トイレスプレーの匂い?」
言われたとおりトイレスプレーの匂いを冷静に嗅いだ
「こ、こ、これはにんじん!!!!」
「そう、特注のにんじんでできたトイレスプレー!安心しろ吸っても無害だ!」
「ぐはぁ……」
にんじんが身体に入ってきたと分かりそのまま泡を吹いて床に倒れた。その際たっぷりとにんじんを体内に吸い込んだ。
こうして長く苦しい戦いは終わった。
(明日からはナスだ、やったね)
しかし急遽政治家の鶴の一声でトマトになった。
(トマトだと……)
(あれは食べ物じゃない)
これからはトマトとの戦いになりそうだ。
おしまい
にんじん食べないとにんじんにされる法ができた 茶碗蒸し @tokitamagohan
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