第1-3章 やっと二人きりになれた
手始めに、状況を整理しよう。
こっちにきたときのいつも通り、僕は僕の肉体の主導権を手放した。
今、僕の体を動かしているのは、僕ではない僕だ。
教室であることには変化はない。
机に広げられたノートや筆記用具、机の配置も、何も変わらない。
ただ、そこは明らかにさっきまでいた場所ではなかった。
ただ違うのは、窓の向こう、いらだつほどに叫んでいた野球部の気配が全くないことと。それどころか、どす黒くうごめく何かが、窓ガラス一枚を隔てた世界に充満している。
くすくすと、けらけらと、あちこちから甲高い子供の笑い声が聞こえてくる。
いや、明らかに異世界なのは、この際置いておこう。
ここがどこなのか、それがなんなのかを考えても、どうしようもないことだ。
目下、考えなければならないものは、黒板の前でうなり声をあげる熊か。
いや、それを熊と形容することへは非常に抵抗がある。一般的に知られる熊は、目が赤くないし、これほどまでに攻撃的な気配をまとってもいない。なにより、どろどろとした黒くねばりけのあるなにかにもまみれていないし、漏れ出すような音をたてて煙を吹きだしたりもしない。
化け物、としか形容がないものが、突然に姿を表した。いや、正確に言うと、化け物の目の前に突然僕が姿を見せたのだ。
「前から気になってたんだけどさ、ここで暴れても、元の世界には影響は本当にないんだよね?」
『今更気にすることかそれ?』
「あんなに図体がでかいのを相手にするのははじめてじゃないか」
『今までが大丈夫なら、今回も大丈夫だろ』
僕らのやりとりを気にもせず、その熊らしき異形がこちらを見据えて絶叫。
心臓ごと揺さぶるような大音響とともに、机をなぎ倒しながら突っ込んできた。
破砕と粉砕の音にたじろぐこともなく、僕の体は真正面からそいつの鼻先に拳を叩き込んだ。
腕が爆発するのではないかと勘違いするほどの衝撃が肩へと抜けていく。
しかし、それ以上の衝撃を受けた相手は、どす黒い液体をまき散らしながら黒板へとすっ飛んでいった。
教室全体が波打つような派手な音を立てて、黒板に巨大な陥没を作り、揺さぶられた拍子に壁に貼り付けられていたポスターや時計、本棚が無残に吹き散らされる。
「僕の体、壊さないでくれよ?」
『そんなへまするかよ、こっちに来てる以上、これはお前だけの体じゃねーんだよ』
「その言い回しは非常に気に障るから訂正してもらえないかな?」
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