放課後は異能力で仲間といっしょに化け物退治! でも僕の能力は別人格に頼って肉弾戦!?
流離 流留
第1章 孤・独・反・転
第1-1章 やっと二人きりになれた
その全ては、高校生活も二年目を迎えた六月、じめじめとした湿気が衣服を体に貼り付け、漠然とした不安と漫然とした日々など、何かわからないものが、少しずつ学生達の不快指数を引き上げている、そんな日の放課後からはじまる。
あの日の僕は、幼馴染の美幸とともに、翌日に提出を控えた課題を前にして首をひねっているところだった。
日はまだ高く、教室は照明を落としているにもかかわらず充分な明るさに包まれている。
その代わり、と言ってはおかしな話だが冷房は動いていない。
教頭が不慣れな毛筆で半紙に書きなぐった「節電」の二文字が壁に張られ、わずかに吹き込む風にむなしく揺れている。
なんとかして暑さを和らげようと開け放した窓からは、校庭で練習する運動部の人間の声が響き渡る。
髪の毛が額に張り付くのを、眼前の彼女は煩わしそうに指でつまんだ。
広い教室の中、わざわざ机を動かしてまで向かい合っていることもあり、美幸の顔が近い。
目をこらせば、肌のきめまで見えてきそうだった。もっともそれを行動にするだけの大胆さも勇気も、僕にはなかったが。
「それで、篝。少しは理解できたの?」
ため息交じりの声に、僕は日本語で書かれてあることだけがわかる問題集を睨みつけながら返答する。
「あせらせないでくれ。一回の説明で理解できるなら塾も予備校も要らないはずだ」
『おやおやぁ、オレが聞いている限りではお前は三回は説明を聞いていたはずぜぇ?』
「私はあなたに何度同じことを言えば気が済むのかしら」
美幸はネックレスの鎖を、所在なさげに指へと絡め、もてあそぶ。
ホームルームが終わってから程なくして彼女との補習をはじめたのだが、ひとりの女の子の時間を二時間近くも僕が独占していると言うのはそれなりに贅沢なのではないか。
『余計なこと考えてないで、さっさと手を動かせよボンクラ。そろそろ時間だぜ』
「もう少し待ってくれ、本当にもう少しで解決するんだ」
「その言葉を聞くのも何度目かしら」
僕はなんと返答するべきか、一瞬だけ、具体的に言うと右手に握ったシャープペンシルを二回転するほどの間だけ思案したが、結局何も思いつかずに、せっかくあげた顔を再び問題集に落とした。
「集中力の問題なのよね、篝は。移り気だし、気まぐれだし、おまけに怠け者」
「随分な言い様だ」
『ざまぁねえな』
「何も言い返せないのがつらいところだ」
とうとう僕は、唯一勉強をしようという意思を示していたシャープペンシルを机に投げ出した。勢いに任せてコロコロと転がるそれは、ノートのふちに引っかかってとまった。たったそれだけの挙動が、ひどく緩慢にみえた。
いっこうに新しい筆記具を手にとろうとしない僕を見て美幸は、ため息をついた。たっぷりの疲労と、ほんの少しの哀れみを含んだそれはこの教室で一番意味のある音だった。
「缶コーヒーでも買ってくるわ。篝は無糖でよかったわよね」
「申し訳ないとは思っている」
「それなら私が帰ってくる間に少しは頭と腕を動かしなさい。私と篝の二人で教室を独占できてるんだから。せっかく集中できる環境がもったいないよ」
彼女はつまんだシャーペンを僕の右手に握らせる。そうして制服のポケットから取り出したヘアゴムで大雑把に髪の毛をまとめると教室の後方から廊下へと姿を消した。
これで、本当に二人きり。
さっきから、嫌にカッコを付けて頭に鳴り響く僕自身の声と、二人きり。
『二人で、だとさ。お前の好きそうなセリフをいってやろうか?』
「……わざわざ言わなくてもいい」
なにが、やっと2人きりになれたね、だ。
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