悩めるお悩み相談屋、悶々とするお客さま。

萩村めくり

晩秋、出会いの兆し。

 お悩み相談屋、と言うらしい。私の住む街に新しく出来た店の名は。

 正直、店名からして胡散臭い事この上ないのに、建物も年季の入った木造建築でどこかおどろおどろしい。

 どんな業種も風評だけで信用が容易く上下する現代社会において、第一印象というのはとても重要なファクターだ。

 なのに、お悩み相談屋って。些か安直過ぎだ、創造性の欠片もない。

 ……いやほんと、失礼だけど。

 そのことを幼馴染である穂田野ほのだ寿々花すずかに話してみたら、

「みっちゃんは安直で創造性がないことを、さも汚点のように言ってるけどね。商売っていうのは、一回聞いただけでも分かるネーミングが大事なの。それに、相談屋っていうのは信用商売だから、名前も生真面目な方が都合いいのよ」

「へー、そうなんだ」

 流石、家が精肉店を営むは物の見方が違う。

「寿々花の家って、ミートファームだっけ。それともファクトリー?」

「……忘れたわよ、店の名前なんて。小学生の時、家が精肉店をやってる所為でどれだけ馬鹿にされたことかっ!うぅー」

 こんなに細くてちっちゃいのにねと、憐憫れんびんの視線を送ったらギロっと睨まれた。おぉ怖い。

「話戻るけど、やっぱインパクトも必要だよ。こう、がつんと、記憶に残る何かしらが」

「まあそうかもねぇ。でもさ、考えてみてよ」

 寿々花はにっと、快活に白い歯を見せつける。

「結婚相談所がハネムーン相談所だと、雰囲気でないでしょ?」

 ……それはなんだか、違う気がするなぁ。




 色づいていた紅葉や銀杏が段々と散り始め、道の大半を落ち葉が占める。そんな鮮やかな道を往来する人達の足取りは、どこか忙しない。

 窓の内から見た外界は、秋が熟し切ったような印象を受けた。

「今日も、誰も来なかったな……」

 声に出すことで、ただでさえ家具が少ない店内の静謐さが強調され、倦怠感や疲労感が一緒くたに身体を襲う。それから意思の赴くままに、机にべたぁと倒れ伏した。

「二週間やってお客ゼロ人。この店のどこがいけないんだろ……」

 内装だけでなく外装も凝ってみようかな、とか考えていたら、不意に携帯がピロリロと戦慄わななく。微量の眠気と多量の面倒臭さで、鬱屈とした気分で携帯を見遣ると、友人の香穂かほからメールが届いていた。

『今日の来客数、いくつか当ててあげようか?』

 半目になりながらも、どうにか画面をタップし返信を送る。

『ん、どうぞー』

『ゼロ』

『なんで溜めもなく即答なのよもう少し悩んでよ』

『いやだって……ねぇ?』

『喧嘩か?買うぞこのやろー』

『まず買うお金あるのかなー?』

『あんた覚えときなさいよ。服の試作品、もう送ってあげないんだから』

『店主はちょーぜつ美人なのに、客が来ないのはおかしいと思う。そこらの住民の目は節穴なのでは?』

『……ご当地お菓子も付けてあげる』

『やったぜ』

 まったく気の良い友人だなーと微笑みながら、外行き用のカーディガンを引っ掛け、夕飯の買い物をしに出掛ける。

 外に出た瞬間、身が縮こまる程の冷風が一気に押し寄せ、身体の熱を順調に奪って行く。

 道すがら、寒気を紛らわす為に携帯を確認すると、新たに一件、香穂からのメールの着信に気づく。

『愚痴とかあったら聞くよ?あと悩みとかあれば』

 画面を一瞥してから僅かに思案するも、適当に文面を作り送信ボタンを押す。

『お悩み相談屋が誰かに相談なんてしたら商売あがったりだわ。でもいちおう感謝はしとく……ありがと』

 それから一分と経たずして返信が来た。

『ツンデレか』

 内容だけ確認するとすぐに携帯の電源を落とし、足早に歩を進めた。液晶に映った自分の顔が、想像以上に綻んでいたからだ。

 ……こういうのをツンデレって言うんだっけ。

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悩めるお悩み相談屋、悶々とするお客さま。 萩村めくり @hemihemi09

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