とある世相のスクラップ   作・俗物

代わり映えのしない朝。ただ時計の針が繰り返し回るだけの日々。そんな日々に彼はいつも飽き飽きしていた。部屋を見渡せば薄汚れた万年床に散らかしたままのカップ焼きそばの容器。昨日飲み会から帰ってきた後に脱ぎ捨てたタバコ臭い服は奇妙なオブジェのように散らばっている。ああ、片付けないとな。そんな至ってごくごく普通の当たり前な常人の思考をするとともに、彼はもう一つの感情に見舞われた。その感情に見舞われた彼は、乱暴にカップ焼きそばの容器をゴミ袋に突っ込み、服で構成されたオブジェを破壊した。偉大なる破壊である。


そう、彼は刺激が欲しい、ただこの退屈な日々から抜け出せるような、そんな刺激が欲しいと渇望していた。そして、彼は決意を固めた。昨夜からつけっぱなしにしたままのテレビで流れている自己啓発セミナーのようなものを見て、決めたのである。


「他人が何かをするのを待つより、自分から一歩を踏み出すのです!」


彼は決意を胸に秘め、いつものように玄関を出た。






昼下がり、とある私立大学の図書館。一階にはカフェを隣接しているこじゃれたところ。そんな図書館で友人と時間を過ごす女子大生たち。その中の一人である私は普通の大学生である。どこにでもいる、いわゆる量産型の大学生である。適度におしゃれをして、適度にアクセサリーを付け、適度に男という名のアクセサリーを付ける、どこにでもいる量産型の女子大生だ。だが、最近は困ったことに新型ウイルスによるパンデミックとやらのせいで、彼氏どころか合コンにすら参加できない日々が続いている。


「はあ、早くパンデミックも収まらないかなあ」


「えー、なかなか難しいんじゃないー」


「でもさ、オリンピックってどうなるんだろ」


「中止よ中止。無理に決まってるっしょ」


 こうやって大学の図書館で友達と顔を合わせても、出てくる話はパンデミックばかり。本当はもっと違う話がしたいと望んでいても、今は相応しいと思えなかった。だから私もTPOに合わせた返事をしよう。


「うーん、ワクチン次第じゃない」


「さすが、優等生! って感じの発言ね」


「えー、そんなことないよ(笑)」


「うーん、明美さ、今別のこと考えてたでしょ」


 さすがに友人は勘が鋭い。ちょっとばかし誤魔化す必要があるだろう。


 「いや、喉が渇いたなって! 何かお茶でもしに行かない?」


 「あ、行こ行こ! スタバ行きたいな」


 そう言うと、私を含めた数人は大学図書館を後にした。






 彼は外へ出ると決意を基に行動を開始した。彼を行動に走らせるにはそれだけの理由があった。彼もまたパンデミックに人生設計を狂わされた一人であった。彼は今年卒業であった。本来は就職活動を終えていなければいけないはずの人間だ。だが、現実には彼は内定を得ていない。いや、正確に言うと、得ていたのだが失ったのである。つまるところ、彼が得ていた内定先はパンデミックの影響で業績が悪化、ひいては内定取り消しとなったわけである。彼もまた被害者だと言えるのだ。


彼は待ち合わせ場所❘SNSで確認したその場所❘にたどり着いた。そこにはすでに同志たちが集まっていた。その中の一人の老婦人が彼に話しかけた。


「あなたも目覚められたのですね!」


「ええ、やっとわかったんですよ。このパンデミック騒ぎはこの国を隣国に売り渡したい連中による陰謀なんだと!」


「その通りです。残念なから多くの人々はマスゴミによる洗脳のせいで気づいていません。ですが、私たちが抵抗することでこの国を守らなければならないのです」


「その通り!!」


他の同志たちも叫ぶ。福岡の町の一角に、このとき奇妙キテレツな集団が誕生したのである。それから彼らはデモンストレーションを始めた。「ノーマスクノーウイルス」、「パンデミックは共産主義の陰謀!」「マスゴミは洗脳報道をやめろ!」、思い思いのプラカードや横断幕を持って歩きだした。この動きは即座にSNSで拡散され、一躍トレンド入りを果たした。彼もまた先頭に立ちながら叫んでいた。


「ウイルスが憎い。パンデミックが憎い。陰謀が憎い! オレの人生はこの嘘でめちゃくちゃだ!!」






 しかしながら、彼らの動きは、翌日のマスコミでは批判的に報じられた。いや、一部のワイドショーなどではスーツに身を包んだ専門家や何故そこに座っているのかわからないようなタレントたちによって批判というか嘲笑の的となった。


「いやさぁ、これどうなんだろうね、オレなんかさ、「ええー、馬鹿じゃないのー」ってなったんだけど。先生、どうなんですか??」


「まあ、あの若い人たちにおいてはただの風邪で済む確率が高いわけですが、身の回りの家族への影響なども考えて行動して欲しいなと思います」


「ありがとうございました。続いてはいまだ混迷が続くアメリカ大統領選です。その前に一旦CM入ります! 」






 テレビを見ていた彼は悔しさで震えた。自分のことを虚仮にしやがって。モザイクはかけられていたものの、番組にはっきりデモ参加の姿が映っていたことで、彼相手のLINEがひっきりなしに止まらない。彼は悔しさで涙をながし続けた。






 スタバに行った翌日。私はゼミ室でお昼休みに弁当を食べながらテレビを見ていた。やはりどこもかしこもパンデミックばかりだ。つまらないったらありゃしない。グルグルチャンネルを回していたら、ワイドショーのなかでもとにかくうるさい番組が点いた。まるで、耳の遠い高齢者しか見ることを想定していないのだろうか? それはさておき、普段なら目にも留めないその番組は私を強く引き付けた。そこには、古い友人の姿があった。だが、画面の中の彼は何かに噛みつかなければ生きていけない、まるで狂犬のようだった。高校の頃までは彼とクラスメートとしてそれなりに話す仲だった。人懐っこく皆に愛されていた彼は、画面の中にいなかった。


 私のただならぬ様子に周りがざわついている。やはり勘の鋭い友達の綾は、鋭すぎるが故に声をかけることすら躊躇っているようだ。重苦しい沈黙は数分間続いたように思われた。だが、その沈黙を破ったのは教授の来訪というアクシデントである。


「あれ、先生どうしてゼミ室に?」


「いやね、ちょっと使いたい資料があって取りに来たんだよ」


 普段なら面倒くさい展開だが、今ばかりは教授が救世主のように見えて仕方がない。何か、何か教授に話しかけて空気を打破しなければ。そう思った矢先に、救世主が口を開いた。


「まだ大統領選をやっているのか。全く現職大統領にも困ったものだな」


「そうですねえ、いつになったら落ち着くんでしょうか」


「支持者の一部は暴徒化したとか、内戦になったりして」


「さすがにそうはならんだろうが、混乱は必至だな。最近は陰謀論者が多くて困る」


 私もここらで話に割り込まねば、優等生の名が廃る。


「一時期、都市伝説が流行りましたが、その影響もあるのでしょうか」


「無いとは言えんなぁ。まあ、ノーマスクの連中とどこかしら似とるな」


 その瞬間、救世主は戦犯に退化した。私が発する空気が変わったのを察したのか、勘のよい友人がゼミに関しての質問を始める。私はそんなくだらない質問は聞き流しながら、思いに耽る。何故、彼があんな奴らと一緒に行動しているのか。解き明かさなければ、いや、話がしたい。そう思ったのである。ああ、どうやら退屈な質問タイムは終わったようだ。教授が部屋を出る。私は横目で見ながらスマホを開く。


「ノーマスク デモ どこ」






 数ヵ月がたち、パンデミックは新たなフェーズに突入する。一方でノーマスクデモも大統領選もまだ終わらなかった。それどころか、対立は激しさを増していた。




某国のウイルス学研究所。博士と助手の二人が夜を徹して研究に打ち込んでいた。彼らには人類を救うという至上命題が課せられている。そんな中、博士は一人苦悩していた。


「博士、難しい顔をしてどうしたんです?」


「いや、考え事をしていてな。哲学の問題だよ」


「はあ、哲学ですか。それよりも我々には為すべきことがあるのでは。人類のために」


「いや、これは手厳しいな。しかしな、そう外れた問題でもない」


「何だって言うんです?」


「ウイルスは、何のために生きるのか」


 




俺、ペンネーム:俗物、真名は語る必要もない、しょうもない日々を無為に無聊に過ごす大学生。今日だって昼下がりの研究室に来ては、意味もなくネットサーフィンを繰り返す。本当はそんな暇もない、目の前には真っ白な日誌。本日中には出さなきゃいけない日誌だ。書くべきことも書きたいこともある。だが、筆が進まない。部誌の締め切りだって迫ってる。レポートだってぐずぐすしてたらあっという間に提出日。こんな日誌くらいさっさと書かなければ。だが、筆は進まずネットニュースを漁ることをやめない。このネットニュースってのはスクラップブックの様だと思う。いろいろな低俗なものから高尚なものまで何でもかんでもそろっている。


「力士、ウイルス恐怖から引退決意」


へえ、そんなこともあるのか。確かにな、体型によってリスクがあるとかって聞くし。俺も気を付けんと。


「政権支持率続落、苦しい大統領」


そりゃ下がるよなぁ、ん、大統領? ああ、隣国やんけ。


「侍ジャパン選出、大物野球選手不倫」


お、誰だ。うーーーん、大物、大物なのか、つか、侍に選ばれてたんだねえ。


「これをやるだけで絶対痩せる!」


あー、あのアフィリエイトは結構です。興味なし興味なしと。


「大統領支持派の【カルト性】に警戒せよ」


当方、政治系も御断りなんだよな。まあ、読みはするけども。しかしカルト性か。考えさせられる面はある。まあ、いずれにしてもって感じだ。ここ最近の陰謀論者どもに辟易するのは否めない。それをカルトと評するのは一理ある。まあ、だいたいカルトってのは……そんな風に思案の海に飲み込まれかけていると、一通のLINEが届いた。


「四時に六本松の自習室に来て」


 相手は高校時代からの親友。断る道理もない、しかしながら時計を見れば二時半。慌てて目の前の日誌を埋めることに専念する。


十五分で仕上げた自分はさっさと昭和バスに乗り込み、六本松、我らが大学のあるべき場所に向かう。六本松へは西新で西鉄バスに乗り換えるのが早い。そういえば、この前西新で後輩君を捕まえ喫茶店に連行して演説をしたのを思い出す。そのときの要旨をここに記しておこうか。俺は基本的に私小説を好まない。小説というものは大なり小なりフィクション=戯作でなければならない。いくら元ネタがあろうとも、それから離れたフィクション性によって評価されるべきものだと思う。だいたい私小説というものは、ちんけな悩みをさも深刻そうに書いたもの、いくら技巧を尽くそうがちんけな悩みなんて便所紙にもなりゃしないのだ。これはまあ、決して俺の意見ではなく、海神ポセイドン、偉大なる落伍者こと坂口安吾大先生の御言葉である。ま、だから何だって話だ。こんなことを聞かされた後輩君も面食らったろうがコーヒーを御馳走したので許してくれ。


だが、今あなたが読んでいる、コレも私小説であると言われたらたまったもんじゃないわけだ。ここにその言い訳を載せるためだけにこんな幕間を入れたのだ。小説だけがフィクションだけが現実の叶わない夢をかなえることが出来る。反実仮想を叶えるために小説がある。読者諸君はそうは思わないだろうか。おっとまあ、こんな風に偉そうに語っているが、これだと俺がフツカヨイになってしまう。偉そうに文学批評、時事批評なんぞをし、風刺なんぞを始めりゃフツカヨイの親父。居酒屋で野球中継を見ながら応援している球団の捕手のリード批判をする手合いと同一だ。あくまで俗物はファルスの役者に過ぎないのだから分を弁える必要がある。自分の醜さと薄汚さを自覚してこそ物を語ることが出来るのだ。それが滑稽な道化であるファルスを体現することだ。これは俺の答えである。




俺は四時五分過ぎ、六本松に着いた。そこで見たのはノーマスクのデモ。交差点を挟んで向こう側、自習室のある科学館の前に数人の集団がいる。「コロナはただの風邪」だのなんだの喚いている。頭も痛いのに厄介な集団だ。絡まれたら嫌だなと思っていたら、交差点を待っている高校生たちから頼もしい言葉が聞こえた。


「あいつら頭悪いんじゃね」


「だいたいさ、コロナ怖くないならマスクする意味ねえのに、あのおばさん付けてるじゃん」


「領事館前で騒いでるやつらと変わんねえよな」


そんな時、赤信号が変わる直前、一人の男子高校生(まるで磯野カツオが成長したらこんな感じだろうと思った)が、声を上げた。


「ちょっと話聞いてみようぜ。からかってみたら面白いんじゃね」


 周りの高校生は一瞬キョトンとしながらも直ぐに賛同した。俺もそれを見て、この国もまだ捨てたものじゃないかななんて、老人じみた考えをしつつ科学館の入り口をくぐった。後ろでは一人の男(俺と見た目が変わらないくらいだ)に高校生たちが話しかけていた。


俺はそのよく見る光景、天神の四つ角にいる宗教集団に絡む大学生のような光景を見て、普段なら素通りする光景ではあるが、妙に後ろ髪を引かれてしまい盗み聞きをしてしまったのである。


「えー、本当にウイルスって噓なんですかあ?」


「そうですよ! これは陰謀なんです! 日本の活力を奪うために仕組まれた嘘なんです」


「へえ、じゃあなんで外国でも流行ってるんですか~ 日本だけを狙ったものじゃないんですかねえ」


「そ、それは富裕層が仕組んでるんです!」


「株価の暴落で一番損をするのは富裕層ですよね(笑)」


ほう、この高校生はなかなかやるなあと思った。どうせ学校で教師を煽ったりしているタイプのようだ。本当はもっと詳しく聞いていたいが、他の応援団が男を救いに集まり始めたし、面倒くさくなる前に俺は立ち去った。


科学館の中の自習室で友人と落ち合う。お互いの近況報告をしながらお互いが課題をする。ただ、それだけのことではあるが非常に楽しいものだ。何と言っても科学館は何故か弊学のネットワークが入る。恐らく法学部の施設があるからだろう。お互いが黙々と課題を進め、雑談の内容も学業の近況報告から急に最近打った牌譜の紹介などに落ち着き始めたから帰ることにした。


「近々酒でも飲みに行くか?」


「それも悪くない」


「てか、今コンビニで買って飲むか」


「重畳」


そんな会話をしながら科学館を出ると、まだ高校生たちとデモ集団がやり合っているのを脇目に見た。俺の頭の中はチューハイに支配されているので、素通りしながら信号を渡る。既に俺の脳内からは彼らへの興味なぞ消えてしまっていた。コンビニで魔法の薬、ストロング系のチューハイを勝って外に出る。友人と談笑しながら奴らが言い合っている交差点で信号待ちをする。ただそれだけなことなのに、印象に残った。目の前でスローモーションのように場面が動いたのだ。


高校生に煽られ続けた男はついに激高した。そして、高校生に殴りかかった。周りもアッと驚いたが、すぐに高校生の仲間たちに取り押さえられる。わいわいと盛り上がってきた。帰宅途中のサラリーマン、犬の散歩中に通りかかったおじさん、皆が見ていた。科学館から出てきた親子連れは、子供が母親に「あれ何~?」って聞いては、親が目を背けさせる。そのようなよくあるヤバい人を見て避ける光景が起こったのだ。まるで、モーセの海割りか何かであろう。俺らはそれを見つつ、巻き込まれるのはごめんだとばかりにその交差点が見える公園に移動して乾杯した。


間もなく、騒ぎを聞きつけたのか警察がやってきて集団は解散させられた。裁判所の前で騒げば当たり前である。とある世相の切り抜きを垣間見た。明日には新聞に、いや、今頃SNS行きか。ああ、無聊無聊。つまらない世の中である。






此れでは単なる便所紙、たまには便所紙以外のものであってもいいだろう。






 彼は悔しかった。どうして自分の言葉は目の前の高校生に伝わらないのかわからなかった。パンデミックという名の陰謀を世の中に広めて、世界を救いたいだけなのに。高校生は彼の心をいたぶり続ける。これは仕方がない。ついに彼は彼の中の暴力性に目覚めようとしている。右の拳を握りしめた。そのとき、彼は呼び止められた。


「ねえ」






 某国の研究所。博士と助手の会話。


「ウイルスは何故生きるのか、ですか……」


「ウイルスは宿主を媒介し、拡散する。しかしながら、宿主を殺してしまえば元も子もあるまい。そう思わんか?」


「確かに……」


「もし、それをウイルス側も考えているのならば、宿主に作用する何かしらのシステムが有るはずだ」


「システム? つまり、宿主が死亡する前に拡散させるシステムということですか?」


「そうだ。例えば、脳に作用してパンデミックを広めるように訴えかける……いや、ウイルスなんて存在しないと思い込ませる……なんてのはどうだ」


「ははは、だから最近の世の中は陰謀論者で溢れてる、ですか。馬鹿馬鹿しいですよ」


『臨時ニュースです、大統領選挙の結果に反発して議事堂に突入し逮捕された現大統領派の容疑者たちが全員新型ウイルスに感染していることが判明しました』


「は、はは、馬鹿馬鹿しいか?」


「博士、調べましょう! あ、そういう人を救うにはどうすれば良いんですかね」


「ふうむ、愛、じゃだめかのう。脳にウイルスよりも強い衝撃さえ与えれば……」


「相変わらず博士はロマンチストですねえ」






 私は検索結果を基にデモ会場を訪れた。会場と言ってもそこは公道の歩道、目の前には科学館。そこに、彼はいた。幼い高校生の集団と何か言い争いをしている。私には言うべき事があった。


「ねえ、〇〇くんでしょ。何しているの?」


 彼は振り向き、私を見た。そしてそれまで言い争いの中で紅潮していた顔は蒼白に変わった。


「どうして、君が」


「ねえ、質問に答えてよ。あなたはここで何しているの?」


「お、何ですかぁ、痴話喧嘩?」


 高校生が茶化してくるものの、無視をする。


「いや、それは、俺は、単に、陰謀をひろめ……」


「それがあなたのなすべき事なの? 本当はこんな事をしている場合じゃないんじゃない?」


「いや、でもだって、もう俺には何も残っちゃいない」


「それでも、やれることはあるでしょう? 誰か周りにいるでしょう? あなたを助けてくれる人だって。高校時代のあなたはすごく優しい人で周りに慕われていたじゃない」


 彼は私の言葉に目を伏せた。彼は何も言わず口を結んだ。ノーマスクの顔では、唇を噛みしめるのがよくわかる。


「あの頃は、みんな、みんないた……でもいつからか誰も……」


 この時には高校生たちも黙り、周りのデモ集団も黙り、交差点では静寂に包まれた。隣接する公園からは男子大学生二名も何か缶の飲み物を片手に見つめているのがよくわかった。


「今でもみんなあなたを見ているはずよ。××くんだって▲▲ちゃんだって」


「そう、そうなのかな……」


「そうよ。だからもう、こんなことやめましょう? 社会と喧嘩したって傷つくのはあなた自身よ」


「うん、そ、そうだね。ごめん、皆さん。もう僕はやめます」


 その瞬間、拍手が広がり始めた。それは高校生も、通りすがりのサラリーマンも、遠くの男子大学生に至っては指笛を吹いている。


「ありがとう。君のおかげで目が覚めた。ねえ、よかったらこれからも僕と色々話してくれませんか?」


 それを聞いて周りの空気は変わる。ヒューヒューと指笛が飛び交う。高校生も楽しそうに見ている。


「え、何言ってんの。ちょっと、うん、無理かなあ。いやさ、私は単に過去の知り合いがこういう恥ずかしい事しているのに耐えらんないだけでさ。君に興味とかないんだよ。勘違いするのはやめてくんない」






 彼は紅潮から蒼白、光明に輝くと顔色を七変化していたが、またしても蒼白に引き戻された。あ、ああ、あああ、またやっちまった。全部台無しだ。全部全部つまらない、つまんなくなってしまった。周りの目、目、目、目、目、目。全てが彼を痛めつける。どこにも逃げ場はなかった。唯一の逃げ場、そう彼は道へ駆け出した。そして、バスの前で肉片と化した。






 私は何が起こったかわからなかった。ただ、私が悪者だってことだけはわかった。悲鳴が飛び交う。気づけば私の服にも鮮血が、レスバ高校生は血まみれだ。高校生は腰を抜かして立ち上がれないようだ。ああ、これもまったくウイルスのせいだ。は、ははははは。皆が悲鳴を上げる、或は目を背ける中、公園の俗物だけは違う。




 俺は面白くなりそうな現場を見ていた。変な奴らと高校生のレスバ。しかし、ラブコメ要素がくっついてくると単なる予定調和。ああ、愛で終わるのか、無聊だとは思いながらも表面上の笑顔でスタンディングオベーション。つまらない世相の切り抜き、それもよくある光景。


 だが、だが! その予定調和のラブコメは一瞬でサスペンスに変わった。ああ、面白い面白い。予定調和、敷かれたレールからの脱線。これほど面白いものはない。無聊、そう無聊を埋めることが出来る。そう、これこそ俗物に問ってスクラップしたい瞬間だ。ああ、実にいスクラップになりそうだ。






これは便所紙にもなりゃしない、ああ、全ては無聊無聊。













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