第19話 司令塔
断末魔の咆哮が夜闇を散らすようだった。大型の体に見合った大きさの核が、粉々に砕け散るのを確認して周囲を警戒する。ジードも死んだと考えるのは希望的観測だ。暁ノ攻法「レーヴィテイン」は広範囲に影響を及ぼすものではない。しかし、彼を守っていた《夜》たちは逆に牙を剥くだろう。あとは「傀儡」の鎖にだけ気をつければ────
次の瞬間、霧散していく煙の中から《夜》が飛びかかってくるのが見えた。
「……ッ!?」
咄嗟に身体を引くが間に合わず、鋭い爪が肩を抉る。即座に雷光を叩き込むが、《夜》は次々と襲ってくる。ジードは逃げたのか。《夜》のターゲットがシルヴェスターにばかり向くのは妙だ。加えて彼らは本来、組織的に行動するような生物ではない。知らず、戦慄が背筋を降りる。
《夜》の支配が解けていないとすれば。
晴れていく煙。《夜》たちを傅かせて、一人の男が立っている。
「くく、見事に騙されてくれたな、ヴァレンシュタイン?」
「………ッ!」
己の失策を悟り、シルヴェスターは歯噛みする思いだった。ジードは危険を犯して巨大な《夜》を守ることで、《夜》を操っている主を誤認させたのだ。しかし、そうなると奇妙なことがある。ジードの理とやらが「《夜》を操ること」だった場合、あの鎖の説明がつかない。鎖の数は両手で十。《夜》の数には到底及ばないし、あれだけの数を操るのは、人間の脳の処理能力では不可能のはず。
にやにやと嘲りの笑みを浮かべるジードを横目に、シルヴェスターはランディの
《夜》を操る者が他にいるという仮定は正しいはずだ。そうでなければわざわざ演技などしないだろう。「夜明け《デイブレイク》」を最大まで拡大してぶつければ、どこに隠れていようと暴き出せるはず。範囲外なら、シルヴェスターにはどうしようもないので諦めるしかない。なけなしの
(シルヴェスター、駄目だ!これ以上は君の身体が耐えられない!)
(何を抜かしてやがる。このまま逃げろ、と?実現不可能なことで駄々をこねるなよ。これくらい大丈夫だ)
(でも.......今の君は.......!)
シルヴェスターは強引に暁ノ法を構築し始めた。ランディに言われずとも分かっている。極夜病から逃れられた夜狩りはいない。暁ノ法を使えば身体を蝕む速度は早くなる一方だ。しかし、黙っていれば極夜病が治るわけではない。いつか死ぬならば、戦う他に道はなかった。
「素直に降伏すれば、寛大で慈悲深い主は、お前を迎え入れるだろう!我らが『銀蛇の夜会』にな!」
「主だと?」
「我が偉大なる主は全てを知っている。忠誠と引換に知識を望むことだってできる。どうだ?お前にも一つや二つ、知りたいことがあるんじゃないか?」
「なるほどな。それがお前たちが命を投げ打ってまで主とやらに仕える理由か?犬並みに安い餌だな」
タイミングを伺いつつ挑発するが、ジードは余裕の表情だった。
「愚かしいな。お前たちは何も知らない。何も分かっていない。自分たちが正義とでも思い込んでいるのか?」
「何.......?」
含みのあるジードの言葉に思考が至ろうとした、瞬間。
咆哮が衝撃波となって宙を引き裂いた。
思わず空を見上げると、闇の塊のような巨竜が激しく羽ばたき、その周りを銀の小さな光のようなものが二条旋回している。あれはもしや、ラドルファスと巫女か。
好機だ。同じように一瞬気を取られたジードの隙を突き、
「お前.......!」
シルヴェスターの動きに気づき、ジードは鋭く腕を振るう。咆哮に怯んだ《夜》たちが次々に我に返り、容赦なく迫るがこちらの方が早い。
しかし、
衝撃は灼熱へと変わり、苦痛が電流のようなスピードで駆け巡った。身体が熱い。目の前が真っ赤に染まり、血の味がせり上がってくる。
「かはッ.......!」
口の端から血が滴り、猛烈な目眩に膝を折りそうになる。飛びかかってきた夜をなんとか回避するが足元が覚束ない。素早く身を翻した《夜》が牙を剥く。二撃目は死そのものとなってシルヴェスターの眼前に迫り────
刹那、銀閃が舞い降りる。
◇◇◇
決断は一瞬だった。シルヴェスターが危機に陥っていると認識したと同時、ラドルファスは即座にアーリィから飛び降りて《夜》を両断した。落下と共に見舞った一撃は凄まじい威力で、地を割り《夜》たちを怯ませる。
「シルヴェスター!大丈夫か!?」
「.......は、これが大丈夫に見えるか?」
彼は皮肉るように口角を上げたが、その声には力がない。実際、シルヴェスターは激しく咳き込んで苦悶の表情を浮かべた。
「くそ.......忌々しい.......」
「下がって────」
「馬鹿、お前一人じゃどうにもならねえよ、分かってるんだろ?」
ラドルファスは黙るしかなかった。シルヴェスターが限界を迎えつつあるというのは事実だが、彼を欠いては圧殺されるだけだろう。彼が大群を前にしてそうならなかったのは、
「ちっ、新手か……まあいい、何人増えても同じことだ!」
《夜》たちが一斉に吼え猛り、波のように二人に襲いかかる。それはさながら暗闇そのものが迫ってくるようだったが、シルヴェスターの手から放たれる閃光に次々に撃墜されていく。
「いいか、よく聞けよ。夜を操作しているのは恐らく奴ではない。操作元を突き止めないとジリ貧だ……!」
「そんなこと言ってもな……」
ラドルファスは暁ノ攻法を放ちつつ、辺りを窺った。一体どこから集まってきたのか、視界が《夜》で埋め尽くされている。夜が続く限り永遠に生まれ落ちる彼らとは反対に、夜狩りたちは永久に戦い続けられる訳ではない。獲物を追いかけ続ける狼の如く、彼らはこちらが走れなくなるのを待っているのだ。
とはいえ、この数からたった一体の司令塔を見つけるなど不可能に近い。そもそも、一体かも分からないのだから────
「操作元さえ狩れば奴らは混乱して隙が生じる。そうなればこの《夜》は全て俺がどうにかする。頼んだぞ!」
「了解!」
彼から頼られるのは初めてかもしれない。そう思うとラドルファスはなんとも言えない充実感をおぼえたが、同時に重い責任がのしかかる。ラドルファスの力を信じて貰えたのだから、何としても突破口を見つけ出さなければ。
男は《夜》の後ろに隠れているのか、姿は見えない。普通に考えれば、彼らの司令塔は《夜》の波の後方で守られているに違いないが、何か引っかかる。シルヴェスターは範囲攻撃タイプの夜狩りで、アルフレッドもそうだ。万が一攻撃に巻き込まれれば《夜》たちは制御装置を失い、当然男も襲うだろう。シルヴェスターの《夜明け》の範囲外、となれば操作範囲が厳しくなる。
(絶対に安全な場所……)
頭にシルヴェスターの《夜明け》を思い浮かべたラドルファスは、声を上げそうになった。《夜明け》の範囲はドーム状になっている。当然だ、いくらシルヴェスターといえども空は高すぎる。途中で範囲外になる場所があるはず。つまり、《夜》を操っているのもまた、《夜》かそれに準ずるもので、アーリィのように空を飛んでいるのではないだろうか。
(サフィラ!聞こえるか?)
上空をアーリィで旋回中だが、
(どうしたの!?)
(お前以外に、空を飛んでいる何かがいないか探してくれないか?お前にしかできないことなんだ!)
(……分かった。待ってて!)
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