第30話 大きな山羊と木の下で

 後ろから死にかけたアリエルが追い付いてきて、俺と同じようにこの光景に感動する。


 「おお! 素晴らしい眺めだな! これを見ただけでもここまで来た価値があるというものだな」


 「山なんかに登る人間の気が知れなかったけど、今なら理解できるよ」


 「うむ、心が洗われるな。しばらく眺めてたいが少し休憩をしたら、日がくれる前に探しに行こう」


 「そうだな、早いとこ終わらせないと暗くなったら探すのが難しくなるだろうし」


 「そうだ、これを使うといい」


 アリエルは自分のリュックから木剣を取り出して俺に渡す。


 「これは?」


 「山羊が襲ってきたらその木剣で対処するんだ。もし傷つけでもしようものなら愛護団体の人達に怒られるどころじゃすまないからな」   


 「そういうことね。確かに殺したり傷つけたりはしたくないから、これで牽制するとしよう」


 「ソウタちゃんが動きを封じてる間に、私が後ろから近づいてショックを与える作戦でいこう」


 「了解だ。アリエルは疲れてるだろうから、そこでしばらく休んでくれ。俺は少し向こうの方を探してくる」


 「山羊は木の上にいたり崖を登ったりしてはずだ。私もここにテントを張ったら一緒に探そう。ここまでくれば近くにいるはずだから、すぐ見つかるはずだ」


 俺はアリエルを残して少し奥の方に行ってみる。


 木も少なく見通しも良いのでウサギのような動物や鳥など、色んな動物が目に入ってくる。


 この様子だとすぐ見つかるだろ。


 しばらく巨樹の上や崖下などを見ながら山羊を探す。


 ……大きいって言ってけど全然見当たらないぞ。仕方ない一度引き返してアリエルと一緒に探すか。


 戻ってみるも、テントは張ってあるがアリエルの姿がない。


 そう遠くには行ってないだろうから周辺を見渡してみる。  


 すると、少し遠くでアリエルがニコニコしながら花を摘んでいる姿を発見する。が、しかし……。

 

 「おっ、おい! アリエルー!」


 俺の声に気付いたアリエルが嬉しそうに手を振る。


 「おお! 勝手に出歩いてすまんな。ここに私が探してたハニードーナツフラワーがこんなにいっぱいあるんだ! これだけあれば良い値で売れるぞ!」


 「ち、違う! そうじゃなくて後ろー!」


 俺の声に異変を感じたアリエルはゆっくり後ろを振り向く。


 そのとき初めてアリエルは二メートル以上はある角の生えた山羊が後ろにいることに気付く。


 「ふぎゃあー!!」とアリエルは叫びながら一目散に逃げ出してこっちに走ってくる。 


 スパイラルゴートは逃げ出すアリエルを後ろから追いかけてくるので、俺が囮になって逃げるよう伝える。


 スパイラルゴートと向き合ってみると、角が闘牛のように前に突き出していて、縄をかけるのが難しいのがわかる。

 

 「おい! 角が邪魔で縄をかけるのが無理なんじゃないか?!」


 「と、とりあえず持ってくるから時間を稼いでてくれ」


 「頼むから早くしてくれよ! こんなのに突進されたらひとたまりもないぞ」


 時間を稼ぐため木剣を構え、山羊の目を見て視線をそらさないようにする。


 熊とかは目を合わせたままだとすぐに襲ってこないから、そのまま後ろに下がりながら逃げろって聞いたことがある。


 それが山羊にも通用してるのか、目を合わせたまま警戒して動いてこない。


 いずれ突進してくるだろうから右に回り込むか? それとも先に距離をとるため少し走るか……。


 いや、距離をとった方が危険だからここは右に回り込もう。


 俺が右に動き出した次の瞬間、山羊は我慢できなくなったのか、一直線に俺を目掛けて突っ込んでくる。


 俺は角を木剣で押さえながら右に回り込むが、山羊はすぐさま踵を返し突っ込んでくる。


 やっぱ無理だ! あいつ怖えよ! どうすりゃいいんだ!


 軽くパニックになりながらひたすら追いうかれないように逃げ回っていたら、アリエルの声が聞こえてくる。


 「落ち着け! 相手は真っ直ぐにしか進めないから、足を止めてよく見れば大丈夫だ!」


 「そうは言ったってこの状況で冷静にいられないだろ!」


 一旦木の裏に逃げ込みそれを盾にして仕切り直す。


 木の陰から山羊と睨み合っていたら、アリエルが俺に縄を投げる。


 「あの練習を思い出すんだ! 角があろうが基本は同じだ」


 くそ! やればいいんだろ?!


 俺が木から飛び出して突っ込んできたときがチャンスだな。


 縄を握りしめ、なるべく角に引っ掛からないよう正面から投げるイメージをする。


 よし! いくぞ!


 木の陰から走り出した俺は縄を回し始めるが、山羊はこちらに向かって突進してくる。


 ひい、来やがった! でももうちょい引きつけてからだ。 


 ギリギリまで引きつけてから輪っかを投げると、運よく首に入ったのでそのまま縄を絞り上げる。


 そのまま真っ直ぐ進む山羊の力で縄ごと体を持っていかれそうになったので、急いで縄を木に結びつける。


 しかし、山羊は首についた縄を外そうと激しく暴れだす。


 おわ! このままだと縄が千切れちゃうんじゃないか?


 すると、アリエルが吹き矢を持ち出しきて、それを遠くから当てる。徐々に動きが鈍くなった山羊はそのままその場で寝てしまう。

 

 「今だ! 角を思いっきり引っ張ってみろ」

 

 俺は言われるがままに螺旋状の角を力一杯引き抜く。

 

 「おお! 抜けたぞ!」


 「もう一本あるからそれも抜いてくれ」


 もう一本の角も抜いてから、まだ寝ている山羊の首から縄を外す。


 大事な角を抜いてしまってすまん……。

 

 「よし、しばらくすれば勝手に起きるだろうから我々はテントに戻るとしよう」


 「しかし可哀想なことをしたな。角を抜かれたらあの山羊も大変だろう」


 「ああ、そのことなら心配しなくて大丈夫だ。そろそろ角が生え変わるこの時期だからこそ捕縛が許されてるんだ」


 「それだったら少し罪悪感が減るけど、それだったら生え変わって落ちたやつを拾っても良かったんじゃないか?」


 「角が伸びすぎたり変な形になったりして支障をきたす場合もあるから、あらかじめ抜いてやるんだ。これは自然保護の面でも推奨されてる行為だから、罪悪感どころか山羊のためでもある」


 「なら良かった。いくら角に価値があるといっても人間が勝手に荒らしていいもんでもないと思ってな」


 「良い考え方だと思うよ。そういう自然を荒らす行為は私も好きではないな。ともあれ無事に入手できたな」


 「そういえば、後ろからショックを与えてくれるんじゃなかったのか? それに吹き矢だったら俺が捕まえなくてもよかったんじゃないか?」


 「最悪気絶させるつもりだったが、ソウタちゃんの修行のために見守っていたんだ。これでまた一つ強くなっただろう」


 アリエルは笑いながらテントのなかに入っていく。


 一つ疑問に残るのはなぜ吹き矢だったんだろうということだな……。

 


 

 

 


  

 

 


 


 


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る