念願の異世界に召喚されたけど役に立ちそうもないんでその辺で遊んでます~森で謎の姉妹に出会って本物の勇者を目指すことに~

朱衣なつ

第1話 こんなの聞いてない

 よし、ゆくか! 俺はお気に入りの上着を手に取り家族を起こさないように静かに部屋から玄関に向かう。


 「ん?兄ぃどっか行くの?」


 いきなり後ろから声をかけられて驚いたが、振り向くと眠そうに指で目を擦ってる妹の由香だった。


 「ふっ、兄はこれから行くところがある。すまんが父と母にはしばらく帰れないかもしれないと伝えておいてくれ」  


 「あぁ……はいはい、いつものやつね」


 由香は大きなあくびをしつつ、なにかを察し納得したようだ。  


 「あまり遅くならないようにね。明日バイトでしょ?」

 

 「いや、今回ばかりは帰れる保証がないかもしれん!」 

 

 語尾を強めて言ったのが伝わったのか、面倒臭そうにこっちを見る。


 そう心配するな妹よ、兄は必ず帰還するさ。


 「今までそう言って帰ってこなかったこと一度もないじゃない。んで、朝何事もなかったかのよう起きてくるし……心配通り越してもはや恐怖すら感じてるわ」

 

 呆れた感じで心配そうに言われ、情けなさと申し訳ない気持ちになってしまう。

 

 「あ、あぁ、それは俺が悪かった。今度からちゃんとするから」


 焦りからか、素に戻ってしまい慌てて謝罪する。

 

 今まで何度か異世界に行くつもりで、このようなやり取りをしたことがあるが、行けたことは一度もない。

 

 朝起きると合わせる顔がないのと恥ずかし過ぎて、固有スキル【無かったことにする】を発動させる。


 勿論そんなものは無いので実際には【俺だけ無かったことにする】というやや強引なスキルになるので、周囲と噛み合わなくなる。


 要するに、ただのおとぼけである。

 

 そんな俺を尻目に「お土産よろしく~」とだけ言い残し部屋に戻る由香。

 

 任せておけ、いつものコンビニで買ってくるお菓子やスイーツではなく、お前のためにシルバードラゴンの心臓の一つでも持って帰ってやろう。

 

 話をしていたら、少し遅くなったので急いで靴を履く。玄関を開けると、深夜二時過ぎにも関わらず外が光輝いてる。


 あまりの眩しさに目を開けていられず瞑ってまうほどだ。UFO! 一瞬頭をよぎる。


 目を瞑ったままだが、それでも光がきつくだんだん意識が遠退いていく。


 今日は近くの神社が竜脈どうたらで異世界の扉が開いてるらしいのになんなんだよー! 


 ……俺、変なチップとか埋められるんかな。

   

 はっ、と意識を取り戻すとそこには見慣れない天井だったので慌てて飛び起きる。

 

 同時に気を失う前の光を思いだし、自分の身体に異常がないか服をまくり上げてお腹の方などを確認してみる。


 「あっ、起きましたか」

  

 聞き覚えの無い声の方に目を向けると、緑のローブに身を包み、黄金色の杖を持った女性がこちらを覗きこむ。

 

 見たことも会ったこともない女性だがどこかで会ったような感覚に陥る。奇妙な既視感を覚えつつも、とりあえずここがどこなのか訪ねてみる。


 女性はニコっと微笑み、俺の下に敷かれた魔方陣っぽい柄の絨毯を指を差しながら答えた。


 「ようこそ。ここはエルソールのサルブレム国といって、ソウタ様はこの国に召集された勇者候補なんです。そして私があなたを召喚したセレーナと申します」

 

 か、可愛い。今まで女に興味を示さなかった俺が彼女の笑顔に思わず見とれてしまう。


「詳しいことは後で話しますが、お腹とかどこか痛むところでもありますか?」


 そうだ、服をまくり上げて腹を出したままだった! 「だ、大丈夫です」と言いながら、いそいそと服を下ろす。


 それにしても、いきなり知らない場所で目を覚まし、聞いたこともない国に召喚されたとか言われても頭がついていかない。

 

 多分異世界だよな? 召喚がどうとか、勇者候補がとか言ってるし。


 この場合よくあるのはその世界がピンチを迎えていて、異世界の人間に助けを求めるのがセオリーだ。

 

 合点がいった! 俺はこの世界で類い稀なる力を授かり、人々の窮地を救う戦士ということだ。


 ふっ、ふふふっ、どうやら神は俺を選別したらしいな。


 「これは失礼した美しい姫君よ、話は大体わかりました。つまりこの私が世界を滅ぼす魔王と戦いこの世界を救うということですな」


 「え? あーっと。概ねそんな感じですけど、随分と状況を飲み込むのが早いんですね……。それと私は姫ではなくこの国の召喚士ですが……」

 

 セレーナがポカーンとした表情でこっちを見ている。まあ、俺の理解力の前では無理もないか。


 「そ、それでは早速ソウタ様の基礎能力を調べたいと思います。カークスお願いね」

 

 何時からそこに居たのか、頭まですっぽりローブに覆われた老人が、ゆっくり俺に近づき頭に手をかざす。


 少しだけ見える顔の隙間から眉毛がわずかに上がり、聞こえるか聞こえないかくらいの声で「おぉ……これは!」と呟き小さく頷く。

 

 この反応は期待してもいいんじゃないか。俺は胸を膨らませ次の言葉を待つ。

 

「どのくらいですか?ソウタ様の能力は」


 セレーナに問われたカークスは人差し指で頬を掻きながら、困った様子で答える。


 「それが……その辺の農夫か、それ以下の能力ですな。他に固有でなにか飛び抜けたものも無いようです」

  

 やはり選ばれしものは違うな。農夫とはなかなか悪くない。


 ん? あれ? 農夫? えっ? なにそれ、普通の村人レベルじゃないか。いやいや自分達で呼んどいてそれはないでしょうよ!


 俺は精神的ダメージを受けつつ出来るだけ平静を装い、目の前の老人に確認する。

 

 「カークス殿は私の能力が農夫レベルとおっしゃってましたが、なにか問題でもおありなのかな? それとも召喚されたものは始めから特別な能力でも持っているとでも?」

 

 「そうですな、先に召喚された三名の物は始めから騎士団クラスの力を有しておりました。世界が違うので元の世界では普通でも、こちらの世界だと能力が高かったりするものなのです」


 ばつが悪そうに答えるカークスに変わってセレーナが補足する


 「そうなのです。この世界と相性が良く、能力の高い人間を探して私が召喚するのですが、どうやら私がなにかしらのミスをしたようです」 

 

 うなだれた様子で肩を落とすセレーナ。


 肩を落としてる場合じゃないですぜ、セレーナさんよ。いくら可愛くてもあんたのミスで呼ばれた俺の方は肩が落ちるどころかすっかり外れちゃってるんですぜ。  


 「と、とりあえず気を取り直して、今からこの国の王があなた方に今回の詳しい説明をするので、一旦そちらに向かいましょう」


 先ほどより若干顔色が悪くなったように見えるセレーナが、白目の俺を手に取り部屋を後にする。


 

  

 

 

 



  

  


 

 



 

 


 

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