第29話 友の侍女

王城に到着すると老執事の人が出迎えに来てくれた。

てっきりクリストフ殿下が来るかと思ったのだけど、どうやら重鎮達と会議中らしい。エミーリアは知っていたのか特に反応を示していなかった。

エトムント殿下が待っているのか聞きたかったが誰が聞いているのか分からない場所で名前を出すわけにもいかない。

辿り着いたのは王城の北部にある訓練場。広くはないがクリストフ殿下専用というだけあって周囲に作られている魔法障壁の強度は高そうだ。


「エトムント殿下は?」

「エリーザ様のご準備が終わり次第お呼び致しますよ」


老執事は朗らかな笑顔で答える。

どうやら気を使ってくれていたようだ。確かに制服を汚すわけにもいかない。着替えを済ませる為に更衣室に向かった。


「リーザ様、準備運動はしっかりしてくださいね」


着替えを手伝ってくれたヨハナに注意を受けるので「分かっているわ」と返事をする。

愛用剣は鉄製だ。流石に危ないので持って来て貰わなかった。代わりに王城で用意して貰った木製の訓練用の剣を帯剣する。


「リア、エトムント殿下に教える前に少し付き合ってよ」

「着替えがないから無理よ。それに私だと相手にならないでしょ」

「じゃあ…」


頼もうとした人物を見ると面倒臭そうな表情をされた。私としてもヨハナを準備運動相手に選ぶのは嫌なのだけど。彼女が相手だと本気で潰しに来るから準備運動にならない。それにエトムント殿下が来る前に体力がなくなってしまいそうだ。


「カルラ、付き合ってよ」

「構いませんがヨハナの方が良いのでは?」

「ヨハナだと準備運動にならないわよ」

「手加減が苦手なので」


爽やかな笑顔で言ってくる侍女に深く溜め息を吐いた。

カルラも我が家で剣術の指南を受けた時期がある。魔力は弱くとも剣の腕は相当なものだ。迷惑をかけるのは申し訳ないが準備運動の相手となって貰おう。


更衣室を出ると待機していた老執事に「十分後にエトムント殿下を呼んでください」とお願いをする。


「カルラ、その格好で大丈夫なの?」

「軽く打ち合う程度でしたら問題ありませんよ」


侍女服姿のカルラに声をかけるとしれっと返される。

そういえば、先程の襲撃者も侍女服で片付けていた。しかも剣じゃなくて体術で捩じ伏せていたのだ。

愚問だったと剣を構える。


「リーザ様、見ない間に腕が落ちましたか?」

「本気を出していないだけよ」


間合いを詰めて剣を突くが簡単に往なされてしまう。

ヨハナもそうだけどカルラも剣を持つと辛辣になるのは何故なのだろうか。

護衛も兼任している侍女だから?

ビューロウ伯爵家で指南を受けたから?

どちらにしても煽られているような気分になるので他の人には見せられない。


「ねぇ、カルラ」

「何でしょうか?」

「クリストフ殿下ってリアが貴族派に狙われている事を知っているの?」

「当然知っていますよ。リア様は知らないでしょうけど」


ああ、やっぱりそうなのね。

勘の良いエミーリアの事だから薄々は気が付いているだろうけど。


「ただ今は襲撃者の数も減っていますね」

「私が貴族派に狙われているからでしょ」


カルラの表情が一瞬曇った。

別に「そうです」と肯定されても傷付きはしないのだけど主人に似ている彼女は申し訳ない気持ちになっているのだろう。


「気にしないで。むしろリアが狙われる回数が減って良かったわ」


私の存在によってエミーリアの命の危機が減るというなら万々歳だ。出来損ないの私でも役立てる事があるのだと嬉しさも感じる。


「リア様が今の言葉を聞かれたら傷付きますよ」


一瞬出来た隙を見逃さなかった。

下からの攻撃でカルラの持つ剣を弾き飛ばす。


「勝ったのだから言わないでね」


私の言葉にカルラは苦笑いで頷いた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る