第3話 面倒な父親

父の執務室の前に到着した途端、逃げ出そうとするヨハナの肩を掴む。


「なんで逃げるのよ」

「怖い…いえ、他のお仕事がありますから」

「一緒に来てよ!」

「嫌ですよ!」


十年以上の付き合いだというのにつれない侍女に泣きたくなる。エミーリアのところのカルラだったら確実について来てくれるのに。


「それに旦那様がお呼びになったのはリーザ様だけです。邪魔をするのはよろしくないかと」

「そ、それは…」

「早く入った方が良いと思いますよ。部屋の中からの殺気が酷いので」


確かに扉の向こうから凄まじい殺気を感じる。

父の事だ、私達がここに居るのはお見通しなのだろう。


「それでは私は失礼します」


綺麗な礼をして駆け足で逃げて行くヨハナに仕返しをすると決めてから扉を叩くと低めの声で「入れ」と言われる。

まだ名前を言ってないのだけど。

部屋の中に入ると執務机に肘を突いてニコニコした笑顔を向けてくる父がいた。


「お呼びでしょうか、お父様」

「ああ、リーザに聞きたい事があってね。そこに座りなさい」


指を差されたのは執務室に入ってすぐのところに置かれたソファだった。

立ち話じゃないって事は長くなるのね。

嫌だと思いながらも逆らう事は出来ず大人しくソファに腰掛けると父も目の前に移動してくる。


「それで聞きたい事とは?」

「うむ。今日陛下から可笑しな事を聞かれてね」


陛下の名前を出されて背中に嫌な汗が流れ始める。


「お、可笑しな事ですか?」

「ああ、そうだ。リーザ、嘘をつかないで正直に答えてくれ」

「はい…」


にこりと微笑む父の口から聞かれたのは自分の予想通りの言葉だった。


「ゾンネ王国の王太子であられるエトムント殿下と恋仲というのは本当なのか?」


分かっていましたよ。

エミーリアだったら表情を変えず上手く反応出来るのでしょうけど、私には無理。

頰を引き攣らせると父の目の色が変わる。


「本当なのか?」

「ち、違います!全くの出鱈目です!」

「本当か?じゃあ、どうして私はそんな事を聞かれたんだ?」

「い、色々とあって…」


どこから説明したら良いのか分からず苦笑いで誤魔化すと父の目つきが鋭くなる。

バレてるような気がするけど誤魔化し続けるしかない。


「色々か。そういえば私が不在の間にエトムント殿下から贈り物が届いていたらしいな。どういう事か説明してくれるか?」


エトムント殿下からお詫びの品が届いていた二週間、幸か不幸か父と兄は仕事で屋敷を離れていた。

余計な事を言わないように使用人には口封じをしておいたのに!裏切ったの誰よ!

どうせ執事長だろう。全くもって余計な事をしてくれた。


「え、エトムント殿下には迷惑をかけられて…。贈り物ではなく貰ったのはお詫びの品です…」

「迷惑?どんな迷惑だ?言ってみなさい、私が何とかしよう」

「い、いえ、もう大丈夫です」

「リーザ、ちゃんと答えなさい」


不味い。

父の怒りが向いているのは私じゃなくてエトムント殿下だ。おそらく私が彼に傷つけられたと思っているのだろう。

疑いを晴らすには真実を伝えるのが手っ取り早いけど、どの道エトムント殿下への怒りは続く事になる。


「お父様、エトムント殿下と恋仲であると陛下に聞かれた理由やお詫びの品を贈られた理由をお話します」

「うむ」

「ですが、絶対に彼を怒らないと約束してください」

「何故だ?大事な大事なリーザが傷付けられて黙っておけと言うのか」

「相手は友好国の王太子ですよ!お父様がお怒りになられたら国際問題に発展します!」


父は最強の魔法騎士。

一人で数千の兵を蹴散らしたという武勇伝まである人だ。

そんな人が隣国の王子様に刃を向けたら…。

厄介な事で済まされなくなるのは一目瞭然だ。


「約束してください。じゃないとお父様の事を嫌いになりますから」


父を睨み付けながら言うとショックを受けた表情を見せ、そして部屋の隅でいじけ始めた。

大きな図体を小さくさせて壁を指で突く姿は父を慕っている部下達には絶対に見せられない。


「リーザが俺を嫌いになると言った」

「約束してくれなかったらの話です。ソファに座ってください」

「嫌いにならないか?」

「お父様がエトムント殿下に何もしないと約束してくださるのなら」

「…あのガキは許せないがリーザに嫌われるのは耐えられない。仕方ない、その条件を飲もう」


一国の王子様をガキ呼ばわりとは。

私でもそんな酷い呼び方はしないわよ。

向き合うように座った父に「話を始めてくれ」と言われるのでエトムント殿下が留学してからの流れを説明した。

彼がエミーリアに惹かれた事。

クリストフ様とデート対決をした事。

その後の騒動についても話した。


「で、エトムント殿下が余計な事を言ったせいで私と彼が恋仲という噂が…」


最後まで話し終わる前に父が立ち上がってしまった。

愛用している剣を持ち、部屋を出て行こうとするので魔法を使って扉に鍵をかける。


「お父様、約束をお忘れですか?」

「わ、忘れていないがあのクソガキを懲らしめないといけない気がするんだ」

「お父様」


そりゃあ私だってエトムント殿下を懲らしめてやりたいわよ。でも、隣国の王子だし、それに…。


「初恋に敗れたばかりの相手を苛めるのは趣味じゃないのよね」

「何か言ったか?」

「いえ、なんでもありません。とにかくエトムント殿下には何もしないでくださいね」

「何故あいつを庇う。まさか好いて…」

「いません。これ以上、面倒事を起こさないで欲しいだけです」


扉の前で立ちっぱなしの父に近づいて睨み付けると目を逸らされる。


「エトムント殿下との件はすぐに収まります。だから隣国に喧嘩を売るような真似は控えてくださいね」


失礼します、と部屋を出て行く。

後ろから「話は終わっていないぞ」と言われるが無視をした。どうせ残ったところでエトムント殿下との話を根掘り葉掘りさせられるだけだ。特に何もないのに。


「んー、疲れた…。早くリアと甘い物を食べに行きたいわ」


その前に裏切り者探しでもしようかしらね。

真っ黒な笑みを浮かべながら廊下を歩いて行った。



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