幕間⑦ 好きな人と阿婆擦れ(クリストフ視点)

リアの友達であるビューロウ伯爵令嬢から今日のリアの様子がおかしかったという連絡をもらい探す事にした。

様子がおかしかったというのは体調不良なのか?

それとも別の理由があるのか?

考えながら歩いていると人気の少ない階段から話し声が聞こえて来る。

気になって近づいてみれば、そこには。


「リア…?」


踊り場を見るとリアが立っていた。

ビューロウ伯爵令嬢の言う通りどこか様子がおかしい。

なにかあったのか?

近づけば驚きの光景が広がっていた。

リアの前に立つのは例の阿婆擦れ女だったからだ。

どうしてあいつがリアと居るんだ。

前に問題を起こした時、阿婆擦れには俺とリアには近寄るなと命令をしておいたはず。

何故一緒にいる。


「命令無視か…」


王太子である俺の命令を無視するとは良い度胸だ。それなりの罰を用意してやろうと思いながら話が聞きやすい場所に移動しようとした瞬間、あの阿婆擦れが階段から飛び降りた。

あいつは何をしてるんだ。

驚いているとリアが阿婆擦れの腕を引っ張り、そして反動で彼女が落ちてしまった。


不味い、助けないと。


俺は必死に走り出した。

もっと近くに行っておけば良かった。

後悔をしながら両手を広げて、落ちてきたリアを受け止めた。


間に合った…。


息を整えながらリアを見ると顔色が悪い。

汗も出ているし、呼吸だって浅い。 

あの阿婆擦れに何かされたのかもしれない。


「…クリス?」


ゆっくりと目を開いたリアは俺を見るなり、弱々しい声で名前を呼んだ。


「リア、大丈夫か?怪我はないか?」


尋ねてみるが、リアは答えない。

目を瞑って息を切らせている。そして体が妙に熱い気がする。

思わず子爵令嬢を睨むと彼女は何も言わずに逃げ出してしまった。

くそ、何をしたのか吐かせれば良かった。

そう思いながらも、ぐったりしているリアを放置出来ず保健室まで向かった。

途中リアを探していたカルラに出会った。


「お嬢様!」

「カルラか」

「クリストフ殿下。何があったのですか?」

「分からない。ただリアの具合が良くないみたいだ。馬車の用意を頼む」

「は、はい!畏まりました」


慌てた様子で走っていくカルラ。

普段なら冷静に対応出来る人物なのに、ぐったりしているリアの様子に焦ったのだろう。

主人想いの侍女が彼女の側に居てくれる事に安心する。


「失礼します…。誰もいないか」


馬車の用意が出来るまで保健室のベッドを借りる事にした。布団を被せてやれば、顔色がちょっとだけ良くなる。

ガサッと落ちる紙。

リアの制服から出たものだろうか?

悪いと思いながら中を覗くと『エミーリアさんに悩みを聞いてもらいたくて放課後お話できませんか?』と書かれていた。

明らかに怪しいし、普段の彼女なら絶対に疑いを持つ文章だ。


「体調不良のせいか…」


この手紙の差出人はおそらく阿婆擦れだ。

そしてリアを嵌めようとしたのだろう。


「許せないな」


助けられたから良かったものの、もし通りかからなかったらリアは大怪我をしていた。下手したら死んでいた可能性だってある。

結果怪我はしなかったが到底許せるものじゃない。

グシャッと手紙を握り潰した。


「ん…」


紙の音で目が覚めたのかリアを見てみるが目を開ける様子はない。

乱れた髪を整えて、そのまま頬に触れる。

熱いな…。

落ち着いたら叱ってやろう。


体調が悪いのに学園に来るな。

変な手紙に応じるな。

それから。


「これからも俺をクリスと呼び続けろ」


お前だけに許してやる名前なのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る