第26話 天使と使い

 アメリカ・ニューヨーク 朝方


「やくッ、たたずッ、どもがッッッ——!」


 前下がりの内巻きボブは、天使の輪が光る艶やかな金。

 白いジャケットスーツ、白いミニスカート、白いブーツ。

 その清楚な装いと、いたいけな顔立ち体格に似合わず、少女は「クソが!」と何度も吐き捨てては怒り狂っていた。レストランで、二人の男を前にして。


「テメェら、ガキひとりに何年手こずってるワケ?マジで早くしろよ?!アタシの査定に関わんの!分かってる?!」


 ピカピカに手入れされた長い爪の先で、イルメルはカツカツカツカツカツ……! とテーブルを突く。


 今まで何人もの同僚や上司がへ向かわされたが、皆返り討ちにあっている。


 自分らの手でやろうとするから、そうなるのだ。

 非物質的で霊的存在の悪魔と違い、天使には肉体がある。病いにはかからないが、怪我はするし血を流す。"死"が存在する。ごく一部を除いて、戦いに秀でているわけではない。なら、なぜ自らが戦う?


 己は手を下さず、戦える者に任せればいい。

 特別で神聖……天の下にいる者の手には届かない存在であるために、天使は下界の者に正体を告げることはない。無闇に翼を出して、下界を飛び回る事もない。

 自分たちのそういった姿勢をイルメルは気に入っているが、ウサギ狩りにおいて、そこにこだわり続けるわけにはいかなかった。

 任務を遂行し上に行くためには、ある程度物事を柔軟に考えなければならない。


 ……下界の者に正体を晒すはめになろうが——。

 ……ひとりやふたりにバレるくらい——。


 そんな考えの元、イルメルは彼らを頼った——…いや。駒として利用している。

 このふたりなら、さっさとあのドワーフウサギの小娘を始末してくれるだろう……そう思っていたのだが、事は今も終わらないままだ。


「キレタッテネェ……ナーンモカワンナイヨ、イルメルチャン☆ キミノ同僚達ダッテ 手コズッテタンデショ? ダッタラ、気長ニ構エテナキャ ダメダヨ〜!」


 弾むように陽気に話すダズビーは、終始彼女をイラつかせている。

 仕事を失敗した分際で、何故そんなに能天気でいられるのか——。そのせいで自分の面目は丸潰れだというのに、お前は何故楽しそうにしているのか——……と。

 初めて会った時から、イルメルはダズビーの軽いノリがウザくて嫌いだった。

 しかし、そう簡単に彼は切り捨てられない。に抗える彼の不死性は、重宝すべき存在なのだ。


(くそッ、あの魔女……貸すならもっとマシな不死身をよこせよ!こっちは対価を払ってんのに……クソッッ)


 憤るイルメルに、先ほどから店員がちらちらと視線を送っている。

 その視線がまた鬱陶しく、益々彼女をイラつかせた。


「チッ……殺すヤツ、もうひとり増えたから。」


 見るなと怒鳴り手元のピザ皿を投げつけたい気持ちを今の舌打ちに込め、イルメルは荒ぶる自分をできるだけ落ち着かせようとした。


 ♪〜


 ダズビーとレヴィの携帯にそれぞれ、着信が入る。

 チャットには動画が添付されており、そのトップ画像は頭髪がユニコーン・カラーに染まっている奇抜な男——。


「誰だ?頭のぬるそうなヤツだな……」


「神。」


 コーラをゴロゴロと吸い、イルメルはレヴィの質問に答えた。


「そうか……神を殺すのは初めてだな……それで、何の神だ?」


 レヴィはゆっくりとした動作で、コーヒーを口元まで持っていく——。

 口も遅い。動きも遅い。見ているとまた苛々してくるので、イルメルは彼を見ないようにした。


 武器を隠すにちょうどいいキャソックを着ているが、レヴィは牧師である。

 彼は不死ではないが、戦いに秀でている。

 人間は妖精のように堅い掟や面倒なポリシーがなく、変なこだわりや私情で指示を拒んだりしない。

 彼はプロテスタントということもあり、神のためだと言えば何でもすんなり聞き入れてくれる部分も、イルメルとしてはとても扱いやすかった。


「創造神よ、あんたの会いたがってるね。」


「……なるほど。我々には、理解することのできないご趣味をしておられると………………」


 それからたっぷりと間を取った後、レヴィははっとしたように声を上げた。


「……って、貴様!!! 私に父を殺せと言うのか?! 何故に?! それでも天使か?!」


「うっさいッ! でかい声で天使とか言うなっての!」


 ダンッ!とイルメルはテーブルを叩いた後、ピザの1ピースをレヴィの口へと突っ込んだ。


 まぁ、当然反発されるだろう。彼は神の熱狂的信者だ。

「全ては神のためです」というイルメルの決まり文句があったからこそ、彼はこれまで素直に従ってきたのだ。


 それでも、イルメルは話でレヴィを説得できることにかけた。


「そのアホは、神とは名ばかりの偽物なのよ。この世を創るだけ創っといて、全く管理をしない……一切のことを全て、ガブリエル様に投げ出していたんだから。今まで、ずっと!」

 

「むぐ、むぐ……そんな……そんなわけあるかぁ!

神はッ、神はなぁっ! 偉大で尊い、慈悲深いお方なんだぞぉおおお!!!」


 バンッ、バンッ、バンッ……と、レヴィは拳でテーブルを3度打ち鳴らした。


「だから! うっせぇっつってんだろ!」


 バンッ! と、イルメルがテーブルを叩き返す。


 




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