第25話
「ほら、乗りな坊主。」
「ちょ……ちょっと待って、無理ですよ! この人ひとりだけじゃ……あのワームは普通じゃないんですッ、硬いし、火も効かないし……!」
「ンなこたァ分かってるよ……田舎エルフにしては親切なガキだな。」
「おわッ……!?」
スキャランは少年エルフの襟首を掴んで絨毯に乗せ、飛び立った。
青い炎が灯る——
ジルはその場で
半径50メートルほどの円の中で、大地が大きく凹む。更にに2、3度地面を叩くと、深い大穴が仕上がった。
ジルは穴の底から抜け出すと、ワームたちを一体一体叩いていっては、今ほど作った大穴の中へと突き落としていく——。
「……ふぅ。」
——数分後、ワームたちは大穴の中で窮屈そうに蠢いていた。
普通のワームに比べればこの者たちは動きが鈍いので、穴に落とすくらい、そう手こずることはなかった。
ジルの手のひらにキューブが乗せられる。行き道に飛行船の上で作っていたものである。
それを空高く投げた後、翼を広げて飛び立ち、彼女はエルフたちがいる本拠地へと向かった——
……その頃、エルフの本拠地では会議が行われていた。
現在、侵入している魔法省の使いを始末したのち、改造ワームと共にイングランドへ進出する…議題はそう、大それたものだ。ヨーロッパ征服である。
「魔法省の使者はどうなっている?」
「ワームを40頭放した……今頃は餌になっているだろう。本部の使いといえど、あれには敵うまい。」
バサリ……
窓際で、鳥が羽ばたいたようだった。
しかしその羽音は鳥ではなく……窓枠にとまったのは、ひとりの少女。
「な、なんだ、おまえは……?!」
突然、窓から現れた訪問者に、エルフたちは即座に武器を手に取り突きつけた。
まもなく、その場にいる誰もが少女の正体に気づく——
「……貴様は、ファーヴニルの……!」
「魔法省の使いだ。落ち着いて……まずは、これを見て欲しい。」
ジルの手から放された小さなドローンは、室内の壁に映像を映し出した。
うじゃうじゃと穴の中で蠢く、ワームの映像である。
「君たちは、電子レンジという調理器具を知っているだろうか。電子レンジが使う周波数の電波は、水分を含んだものに中まで浸透する性質がある。だから表面だけでなく中まで熱くなるんだ…この電波によって、食品の中の水の分子を動かして温めている。」
映像の中のワームたちはドット柄のドーム・シールドに包まれると、間も無くして血飛沫を上げ体の末端から臓物を吹き出した。
ジルはドローンをしまい、キューヴを取り出して掲げる。
「これを空に投げると広範囲に渡って結界が展開され、その中で電波が流れる。この島を覆うことも可能だ。島ごとレンチンされたくなければ残りのワームの居場所を教え、ワームの改造に関わった者は本部まで同行いただくように。」
———その頃、スキャランは飛行船のデッキの上で暇そうに寝転んでいた。
「田舎エルフは上品ぶる奴が多いのに、お前の親父はそうでもねぇな。声がデケェし、話し方がジジィくせェし……品とかそんなもんを気にしてるようには見えなかった……あっ、褒めたんだぞ?」
暇なので、隣に座る少年エルフに話しかけてみる。
彼の父は、ふたりからだいぶ離れた角の方でひとり座禅をしていた。
「……父上は……癌にかかっている兆候が、あるそうなんです。」
俯きながら、少年エルフは言った。
「癌……?」
それはエルフにとって天敵だった。
ある程度成長し、そこから不老となる彼らは怪我や病気にさえかからなければ無限に生き続ける。
病気や怪我のほとんどは自分たちの持つ知識でどうにかなるが、癌は、どうしようもない。
それは、この病が魔法という手段では治せない病の一つであるからだった。
魔法に頼らなくとも、抗がん剤治療や手術などの治療法があるが、エルフたちは人間が生み出し発達させてきた医療技術に対し否定的である。
人間の技術による癌治療を受けることは、彼らのプライドが良しとしない。
エルフ社会は年功序列で、長く生きてきた者ほど敬われる。
世界の終焉を見届ける……その日まで生き続けることが、彼らにとっての名誉だった。
死が迫っている、これから死ぬことが分かっているという状況は、エルフにとって不名誉極まりなく屈辱的なことである。
「はぁ〜ン……死を待たず、せめて戦場で華々しく散りたかったわけだな。」
殺せとジルに訴えていたことに、スキャランは合点がいった。
「……はい。父は騎士として死ぬつもりで、ひとりあなた方に向かって行ったんです。でも……ぼく、父上にまだ死んでほしくなくて……」
「なら、人間の病院へ行くよう進めろよ。」
「そんな!!! 流石にそれは、父に対する侮辱ですよ!」
「……お前、親父に生きてて欲しいんだろ?だからさっきも止めに入った。ンな中途半端なことするくらいなら、最初から親父にはっきり伝えろよ。」
「でも! ぼくが、父上の立場なら……人間の治療を受けてでも生きてて欲しいなんて、軽々しく言って欲しくないです……助かったあと、他のエルフに知られたら間違いなく軽蔑されるし。」
「ちゃんと言っておけばよかったって思った時、辛いのはお前だ。あの時ちゃんと伝えていれば、親父は生きる選択をしていたかもしれないと……お前はいつ来るか分からん世界の終末まで、その後悔を引きずり続けることになるかもしれない。そんなもんを抱えながら、先が見えない、終わりがわからない道を歩むのは結構しんどいぞ。」
ジルなら、きっとこの少年に別の回答をしていただろう。
"父親の命なのだから、周りがどうこういうべきではない……死にたがっているのなら、死なせてやった方がいい" ……彼女なら、間違いなくそう言うはずだ。
「"決めるのは父上……けど、ぼくの気持ちとしては生きていてほしいから、大人しく癌治療を受けろ"そーゆー風に伝えれば良い。息子のお前に生きて欲しいって思われて、嫌な気分になるはずがない。」
「…………そう、ですか……そういう風に伝えるのは、いいかもしれない…ありがとうございます。あなたのご意見、とても参考になりました…ちょっと、父と話をしてきますね。あの、父がうるさくしたら、ごめんなさい……。」
何か吹っ切れたような顔をして、ルピは父親の方へ歩いて行った。
「……ずいぶんと、優しい言葉をかけるんだね。」
バタバタッ、
デッキの上に、十数名の拘束されたエルフたちが転がり込んでくる。
ジルは翼を折り畳み、自らも飛行船に降りたった。
「早かったな。一体、どんな裏技で片付けてきたんだ?」
ジルはキューヴを取り出し、それをスキャランに渡して機能を説明した。
「……なるほど。あいつらブヨブヨにむくんでやがるからな。さぞ派手に臓物ぶちまけたんだろう。」
「残りのワームの居場所も聞き出して始末してきた。あとは、彼らを連行するだけだ……スキャランくん。あの少年は楽になるだろうが、父親の方は逆だ。楽になりづらくなる。」
「なら、なんでさっきお前が殺してやらなかった?」
「任務外。それと、死に方はいくらでもある……私の手による必要はない。」
「仕事を理由にするなよ……この前、自殺志願者を見送っただろ。ようは、あれだ…て死に方にこだわりをみせられたのが気に入らなかったんだろ?他にも死に方はある……死にたいなら勝手に死ねばいい。死ねるだけでも幸せなんだから、我儘言うなと。私は死にたくても死ねないんだから……ってな。」
「……」
「しょーもねぇ。このメンヘラ女が。お前の死にたい理由はマジでキモい。ったく、いい歳して厨二病を拗らせてんじゃねーよ。痛々しくて見てらんねーっての……お前はこの世で最もくそイラつく。」
「……君の気分を害してしまったのなら、謝るよ。」
「黙れ。お前の死にたがりが治らん限り、お前は俺にとって永久にウザい。」
「……スキャランくん。私との約束を。守るつもりはあるんだよね?」
「あん?俺の魔法が解けたらの話だろ?俺は長いことずっと、このままだ……見込みはなさそーだぞ。」
自分は、彼女の父親ではない。
今自分が生きていてほしいと言ったとして、それがどれほど彼女の胸に響くのだろう。
何も響かない。彼女の気持ちは変わらない。
何を言われても何をされても、〝死ねば終わり〟 という開き直ったような考えが彼女の中にあるかぎりは——。
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