落下した先で
志央生
落下した先で
一歩先に踏み出すだけ。それだけですべてにさよならできる。吹き付ける風は冷たくて、下を行き交う人たちは僕に気付いていない。
あの場所に落ちたら、彼らはいったいどんな反応をするのだろうか。醜い死に体な僕を無視できないで注視するだろう。もしかしたら、写真を撮ってネットの海に放出するかもしれない。そうなれば、僕はある意味で永遠に人に見られる存在になれる。
「僕を見てくれる、ふひっ」
想像するだけで笑いと震えが止まらない。金網をつかむ指の力を弱めて、体を前に倒して自分が落ちる先を確認する。もう少しすれば昼休みで、人が多くなる。そのタイミングで落ちれば、たくさんの目に止まる。誰かの記憶には必ず残るはずだ。
刻々と迫る時間に心臓が高鳴り、息が荒くなる。じっとりと体全体に汗が噴き出していく。気持ちばかりが急いてしまい、じりじりと足をすべらせる。
待ちきれない心を落ち着かせるため、時間ではないことを知りつつ、人通りを確認すため体を前に倒す。だが、落ちないように金網をつかんでいた指が汗ですべってしまった。
支えている物がなくなり、体は一気に浮遊感に包まれた。それもすぐに終わり、今度は急速な落下に変わる。なんの抵抗することもできず、重たい頭が下向き、足が空に向かっている。
なにもかも思い通りにいかない。それが死ぬときであっても変わらなかった。けれど、それもどうでもよかった。もうじき終わる、そう思えば些細なことだ。目に映る景色は、屋上で見た物と変わらない。待ち焦がれた瞬間がもうじきやってくる。
人の群れと、その隙間に見えるコンクリートの地面。気がつけば、僕の視界はそこに吸い込まれていくようだった。
落下した先で 志央生 @n-shion
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます