第2話 生まれた時代から、時が果てるまで 



◆◆現代 ユニガン 宿屋◆◆


月の明かりも頼りない深夜。


「アー公……」

「エルガ……」


ユニガンの宿屋の一室、暗闇の中で二人の男女の囁きだけが響く。


「本当に……大丈夫……かよ……」


少女の吐息は荒く、紅潮した頬は熱を帯びる。

偕楽な所がある彼女には珍しく、緊迫する心を隠してきれない。


緊張で汗ばんだ体が幽かな月明かりに照らされる。

つう……、と少女の胸の下から腹部を伝い足まで流れ落ちていく。

ギシ……、とベッドの軋む音が幽かに鳴る。


「アー公…」


少女はもう一度、確かめるように少年の名を呼ぶ。


「こんな夜中に…二人だけで…」


少女は、不安で少し潤んだ目で少年を見つめている。


「そうか…エルガは初めてだもんな………」


少年が宥めるように、少女に囁く。



















ボッ






男がランプに火を灯した。



「――――――ミグランスの、王様に会うの。」



そこには髭と揉み上げが、ものごっつええ感じに融合した風体の人物――――ミグランス王が火の灯ったランプを持ち、笑顔でアルドたちの傍らでベッドに腰かけていた。



ここはユニガン中心部の宿屋、ミグランス王が一時的に在住する一室である。

アルドは、まずこのユニガンの宿の、壁の中にヤマネコを出現させようとやってきたのだ。

深夜に、よりにもよって、王様の部屋に (そこしか行けないから)。

窓から侵入して。


「大丈夫大丈夫。ミグランス王、結構気さくな人だよ。緊張することはないって。」

「問題はそこじゃねえよ!! 何で、こんな深夜に王様の所に忍び込まなきゃいけねぇんだよ!!!」



……実際問題、エルガにとってこの状況は、かなり危険である。

アルドはいい。彼はそもそも、この国の警備隊の人間だし王様とも騎士団の人間とも顔馴染みだ。夜中ではあるがミグランス王の部屋にいたとしても、いきなり捕まることはないだろう。

一方でエルガだ。

彼女は、もし警備の兵に見つかれば……確実に捕まるだろう。

ボロボロの黒い衣服に短剣を携えるその姿は、まるで暗殺者だ。

まして…………もし仮に、彼女の被るフードを脱がされたりしたら。

どうなるか。

どう思われるかというと……。
















『先の戦役で滅んだはずのオーガ族の残党が、ミグランス王を殺しに来た』


としか思われない。100%。どう言い訳しても無駄だろう。


「警備兵にでも見つかったら、オレは速攻逮捕、速攻裁判、速攻有罪判決確定(0-7で)、差し入れ無しで三日後には速攻ギロチン確定するだろうが!!!」

怒涛の未来図を息せき切って語るエルガを、アルドは呑気に見つめている。どころか「その時はアシュティア姉ちゃんと一緒に脱獄を手伝ってやるよ。」と無責任なことまで言う始末だ。


「安心したまえお嬢さん。警備の者は払ってある。なんの心配も必要ない。」

ミグランス王がエルガを落ち着かせるように言い放つ。

こんな真夜中にいきなり押し入られているというのに、不気味なくらいに彼は穏やかだ。

ランプの灯が点いていなかったという事は、彼はもう寝るところか、眠っていたころに違いない。


「アルド君の知り合いならば、例え魔獣王でも喜んで持て成そう。」

そう言ってミグランス王はエルガに微笑みかける。

その言葉は誇張でも何でもない、事実だろうから恐ろしい。


「アンタな……いくらアー公が救国の英雄だからって、こいつの事を甘やかしすぎだろ!!」

「まあまあ…………ところでアルド君。」

ミグランス王は、説教するエルガの話もそこそこに切り上げてアルドに問いかける。

何か期待を込めた目で。


「ええ、『例のモノ』はこちらに…………」





こいつ……………この王様は。

…………………アルドに買収されてやがった。

大丈夫なのかよ、この国は。


ヤマネコをハメるという目的に協力させる見返りとして、ミグランス王はアルドに頼み事をしていたのだろう。

しかしながら物の調達をアルドに依頼するというのは、的を外さない行為である。

時を超える旅人であるアルドにしか、手に入らないものはあるのだから。



アルドは懐から袋を取り出す。

そして検分のため、その中身を少量、机に出す。



サァ――――



「っておい!!なんだその見るからに怪しい粉末は!!」

怪しげなオーラを放つ白い粉が、机の上に小さな山を造った。

……それは御禁制のヤバい粉じゃないのか。


「おお……これが遥か古来から伝わる、伝説のプロテインか。我が国が栄える為にどうしても必要だったのだ。有難うアルド君。」

「ぷろていん? 何なんだそれ。」

嬉しそうにアルドが出した粉を見つめるミグランス王に、何が何だか分からないといったエルガが尋ねる。


「うむ、お嬢さん。プロテインとは古の時代、天上の国よりもたらされたケミストリーの結晶。筋肉信仰者マッスラー達が御用達の栄養粉末。かの雷心王も愛用し、雷獅兵にも使わせていた筋肉増強に欠かせない代物なのだよ。」

「失われた製法を何とか見つけて、復元をセバスちゃんに頼んで、ようやくミグランス王に渡せるくらいの量が出来たんだよ。」


「………そうか。まあ、何だっていいか。」

彼らの答えに興味無げにエルガが言い放つ。筋肉を鍛えたからなんだってんだ。

しかしまあ、たかが栄養食品のために、未来エルジオンの科学者まで付き合わせてご苦労な事だ。


「実はエルガ、かの雷心王は雷獅兵だけじゃなく、毎日息子さんにも摂らせていたらしいよ。主食替わりに。嫌がってでも強引に。」

「おいやめろ!」

「 丈夫な体を手にするためにって……立派な親心だなっ。」

「だからやめろ!! そんな話オレに聞かせるんじゃねぇ!!!」

他人事のように言い放つアルドにエルガは絶叫する。

過去の記憶を失っていても、何だか涙が出てくる。心の穴から闇が放たれそうだ。

恋人アルファルドの虚しく悲しい過去は聞きたくなかった。魂の底から。



「そもそも――――――こんなもん頼んでどうすんだ? 王様が筋肉鍛えるのか? 東方に征服されている今、やんなきゃいけないことが違うだろ!!」

これ以上聞きたくない話が出る前に、アルドの贈り物に小躍りしているミグランス王を問いただす。


「お嬢さん。いいかね、国力とは即ち筋力なのだよ。」

「……はあ?」

それに対するミグランス王の答えは、意味不明だ。

いきなり何を言い出すのか。この王様は。


「魔獣王にせよ、雷心王にせよ、強大な国の君主は皆、筋肉ムッキムキなのだ。――――――そう、力こそパワー! 筋肉こそマッスル!! 国とは即ち筋肉の集まりであり、故に国力=筋力という方程式が成立するのだっ!!!!」

「…………で?」

吠えるミグランス王に、エルガが冷たい眼で続きを促す。


「国がどれだけ栄えるか、国がどれだけ力を持つか………それは、国王がどれだけ筋肉ついているかで決まるっ!!!! このプロテインを摂ってムッキムキになれば我が国を立て直すことだって夢ではないっ!! ………東方にいいようにされたこの三年の間、我が国の頭脳が導き出した絶対の答えなのだ。間違いない。」

「クビにしちまえそんな御用学者っ!!――――――――大体あんた、充分筋肉ついてるだろ。その話通りとしたら、少なくともイザナの………下衆のゲンシンに負ける要素ないだろが。」

エルガは、この国を征服した一国であるイザナのトップ、ゲンシンを引き合いに出した。

確かに彼女が言う通り、毎日重い鎧を着こんでいるミグランス王の方が、ゲンシンよりもずっと筋肉質な肉体をしている。


「いや、ゲンシンはいいんだゲンシンは。ナグシャムの方がやばい。」

横からアルドがミグランスを侵攻した東方同盟のもう一国、イザナ北方の国ナグシャムの名を出した。

「ナグシャム?………そういえばあの国の将軍 (名前忘れた) を見た事はあるが、そいつの事か。でもそんな大した奴には見えなかったけどよ……」

失望するようにエルガは語る。

「違う違う、公主の、ガーネリ殿の方だよ。お嬢さん。」

「はあ? あの女公主? 何でそっちなんだ?」

出てきた名前にエルガは疑問を隠さない。

将軍 (影の薄い) の隣にいるガーネリの姿も当然エルガは見ているが、どう考えても筋肉質とは言い難い。


「いや、エルガ。ああ見えて、あの女公主、脱ぐとものすっごい筋肉なんだよ。レベル100位のウクアージというか………。筋肉信仰者マッスラーとしてのレベルが上がって仕上がってる人間なら分かるんだよ。」

「………………マジで?」

疑うエルガの問いかけに、アルドとミグランス王はうんうんと頷く。

どこぞの戦いの神か、あの公主。

あの服にそれだけの筋肉収まるのか。


「あの公主が放つ通背拳の一発で、我が国の騎士団が骨も残らず全滅する程なのだ。」

「ホントそれマジなのかよっ!?」

「ガーネリが盛ってる髪の毛も、一本残らず筋肉で出来てて、その筋力で無理やり複数属性のZONE展開するんだよ。」

「おいアー公!! 流石にそれは嘘だよな!? な?」

……………後に、魔帝と化すガーネリの姿を彼らはまだ知らない。が、それは置いておこう。


「この国の未来のために――――――この素晴らしきケミストリーの結晶を、わが娘にも摂らせ、筋肉を秘めた肉体にしてやりたいが……いかんせん旅に出てしまっていてね。残念だ。」

「筋肉ムキムキで、マッシブ全開のミーユ (ES) かぁ……。イケる!! これきっと需要あるよ!! 多くの客層に訴求力Maxでワクワク感が止まらねぇ!! バトル・オブ・ミグランスの続編の方針も決まっちゃう!! ひゃっほっー!!!」

「フザけるのも大概にしやがれアー公!!!」

逃げろミーユ。全力で逃げろ。

妙なシンパシーをこの国の姫に感じてエルガが祈る。

言いたくないが、オーガゼノンの方が、親としてはまともな精神してたんじゃないか…と錯覚してしまいそうだ。




いい加減こいつらの相手をすることに疲れてきた、とエルガが感じた所で、ミグランス王がプロテインの入った袋を取り上げる。

「まあ、話はここまでにしておこう。私は早速この叡智の結晶をキメ……もとい、摂らせて頂く。ヤマネコうんぬんの事は、私には良く分からないが……アルド君はこの部屋で好きなようにしていてくれたまえ。」

「お気遣い感謝します。ミグランス王。」

「今、キメるとか言いかけなかったか?! おいっ!!」


エルガの突っ込みを意に介さず、ミグランス王は手の甲に白い粉を……プロテインを載せ、鼻からすうっと吸入する。


何だよその摂り方。

……本当にヤバい粉じゃねえのか。


その刹那。


シュシュ シュウウン


「あーキタ~。キクキクキクキクゥ~~~~。なんか……こ…う…があああああああ~~~~。ムキムキムキムキ~~~~~。」


見事ミグランス王の肉体は今以上の筋肉を得てムキムキになっていく。ただでさえ濃い尊顔が、さらに濃ゆくなって血管も浮かぶ。

そして何故か…………首回りがツメエリになって伸び、異常なまでに揉み上げも伸びていく。


……やっぱりヤバい粉じゃねえか。

脳みそまで筋肉に侵されたってこうはいかないだろう。


「なあアー公……本っっっ当にあれ、ただのプロテインとかいう栄養粉末なのか?」

「うん。『ドライブ』って名前のプロテインだよ。 因みに腕力STR用。エルガもどう?」

「いや、オレは遠慮しておく。…………というかそれ、栄養粉末じゃねえと思うぞ。多分。」

……本当にヤバい粉じゃないか。

天上の国からもたらされたとか言ってたが………人類管理を旨とする枢機院 (※ ヴィアッカの後見人の方々。未来の大樹の島にロクに使わない施設を造って、その家賃を払い続ける奇特な団体。多分プレイヤーの殆どが忘れ去った存在。) か何かみたいなところなのだろうか。


「ダメだこの国。」


(飽くまでプロテインを) キメて目が逝っちゃってるミグランス王。ムキムキだ。

よかったね。

そしてそんな王様を放っておいて、ヤマネコをハメる目的のためにギリギリまで行ってから、壁に背を向けようとちょこちょこ動く救国の英雄アルド。

あきれた瞳で彼らを見つめながら、エルガは呟いた。








◆◆次元の狭間◆◆



結局ユニガンの宿屋ではアルドが望む結果にはならなかった。

(ヤマネコを壁の中に出現させたく、なるべく壁際に行ってからミグランス王に話しかけて振り向いたが、駄目だったのだ)


そんなこんなで、次に彼らがやってきたのは時の最果―――ではなかった。次元の狭間である。


「まっ、序盤から期待はしてないさ。」

「王様を巻き込んでおいてその感想かよ。」


エルガの皮肉を無視してアルドは、着いた場所からおもむろに右方向に走り抜ける。

そして、この次元の狭間でアルドたちが歩いて行ける範囲の、最右端までやってきた。

途切れた足場のその先には、漆黒の闇が広がっている。


アルドは足場の端に立ち、虚空の闇に背を向け、その後ろの闇にヤマネコを呼ぶためにやってきた。

だが、その前に、アルドは屈んで端の下の闇の中を見つめている。


「おいアー公? なんで、下の虚空の先をのぞき込んでるんだ?」

「うん。なんかさ。 ここから飛び降りたら合成鬼竜のいる所に着地出来そうな気がして………」

「……いくら何でも遠すぎるだろ。諦めろ。」

確かにワールドマップで見ると、次元戦艦は次元の狭間、時の忘れ物亭の右側にあるが……エルガの言う通り、ここからずっと向こう側で待機している。


「まぁ、いいや、そのうち―――――――――」

























「―――――『シルバード』って名前の銀色の飛行機が、ここに来てくれるかもしれないし。




「何だよそれっ!? 知らねえぞオレはっ!!」

なにか………何故か………とんでもない事を、アルドが言い出した気がする。


「いや何か最近、歴史改変の波が起きたっぽくて、そんな飛行機械の名前が俺の中にあって………。ぬぅ……俺に命名権があれば、博士に頼み込んででも『スカイ・アルドン・ギョクーザ』というイカす名前に改名させてやるのに!!」

「本当にそんな事しようとしたら、絶対に阻止してやるからな。」

(※ 他人様の慶事を勝手にネタにして申し訳ありません。大賞おめでとうございます。)


「ふふっ。けれどもその前に、この場所でヤマネコをハメられるか試さないとなっ。」

最低なネーミングセンスをひけらかしたところで、アルドは改めてここに来た目的を語る。


「………なあ、ところでアー公。そもそも何でオレなんだ? ヤマネコをハメるってんならもっと適任の奴がいるだろう」

エルガが、今更な質問をアルドに投げる。

猫嫌いのフォランや、もちょろけ (いいマクマク) を付き合わせればいいものを、何故エルガを連れまわしているのか。


「そもそもなんでって…ヤマネコの奴をハメるって考えたとき―――――――――――――エルガと、あとアシュティア姉ちゃんは協力してくれる気がして。」

「はあ? 何でだ? しかもアシュティア姉ちゃんとやらまで?」

「…………前世で家でも燃やされたのかよって程に、『ヤマネコ』って存在に恨み持ってそうな気が、何故かしてさあ。」

アルドの答えはエルガにとって、意味不明だ。

勝手に誰かと勘違いしてないかコイツ。

「他の誰でもねー、オレは オレだ!」

そう言ってエルガはアルドの言葉の攻勢を削ぎ、自身の存在を確固とする。

「(NPCだから)アシュティア姉ちゃんを連れてこれないのが、残念だったなぁ。」

色んな意味で、どうしようない事をアルドが言った。




そんなやり取りをしている間に、ヤマネコが現れる時間が近づいてきた。

何とかちょこちょこ動いてアルドが端の闇に背を向ける。そして待つ。

0時01分。ヤマネコが現れる時間だ。


アルドの背中に、ヤマネコがいつものように宅配便のため現れる。

クロノスの石を受け取ると去ってしまうので、その前にアルドはヤマネコの立ち位置を確認する。


一見するとここで現れたヤマネコは、アルドの目論見通り、闇に浮いているように見えるが……


「いや…ダメだ!足が3本、地に着いている!!これではヤマネコをハメたとは言えない!!」


そう、ここで見れるヤマネコは、特に問題ない画だ。

暗くて見えづらいが、宙に浮いている足は一本だけである。バランスは、まあ取れているだろう。


「俺が見たいのは、例えばヤマネコが完全に虚空の闇の上に立っているような…そんな画なんだよ!! こうなったら………向こうにある釣り場の方でリトライだっ!」

「まだやるのかよ…」

うんざりした顔でエルガが呟いた。


そんな最中の一方で。


「ポ…?………ポポウ?…ポッ!ポポ……!ポックル!!」


無謀で無為で無意味で無価値で無責任な虚無グラスタが、4つ位装着されてそうな挑戦を続けるアルドを、つぶらな瞳で見つめている存在があった。


「ポ……ポポポッポウ!!」


彼は、アルドたちが何をしようとしているのか察したのだ。

そしてその存在は、古代へと繋がる光の柱に飛び込んだ。





―――――禁忌の存在と化した証である、白い葉っぱの『人間の言葉を話せる同胞』を呼びに行くために。






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