死にたがりの黒豹王子は、婚約破棄されて捨てられた令嬢を妻にしたい【ネコ科王子の手なずけ方】

鷹凪きら

プロローグ

1  婚約破棄という名のご褒美



「スーリア・バース、本日をもって君との婚約を破棄し、僕はシェリルと結婚する」


 目の前で起きている事態の情報量の多さに、伯爵令嬢スーリアは目を瞬かせた。


「スーちゃんごめんなさい。わたし、ヒューゴ様が好きになっちゃったの」


 キャメルブロンドのふわふわとした巻き毛を揺らしながら、可愛らしい顔立ちをした少女――シェリルが言う。隣に並ぶ、たった今元婚約者となった男の腕に、自らの腕を絡めながら。


「えーと……そういうことなら、どうぞ」

「随分と聞き分けがいいな?」

「まぁ、予想してたので」


 スーリアの言葉に、侯爵家当主である元婚約者は、ふむ、と頷いて言葉を続ける。


「なるほど。婚約を破棄されることが分かっていた上で、君は努力をしなかったということだな?」

「……努力?」

「あぁ。その化粧っけのない地味すぎる顔、サイズの合わないドレス、かわいげのない態度、どれをとっても僕の好みじゃない」


 スーリアへと視線を向けて、げんなりとした様子で元婚約者――ヒューゴは息を吐く。


 彼の言葉をスーリアはひとつも否定できなかった。

 背中まで伸びた髪は特徴のないこげ茶色で、地味な顔立ちは伯爵家の令嬢に似つかわしくない。

 動きやすさを重視したドレスはサイズに余裕をもたせており、身体のラインを出す流行りのドレスとは正反対だ。


「シェリルはとても華やかで可愛らしい。侯爵となった僕の結婚相手にふさわしい女性だ」

「スーちゃんみたいな大人の女性より、ヒューゴ様はわたしみたいな女の子がいいんですって」


 21歳のスーリアは、今年17歳になったシェリルと比べると落ち着いた雰囲気をまとっている。

 シェリルは遠縁の親戚で、スーリアは彼女を妹のように可愛がっていたのだが、まさか二人がそういう関係になっていたとは。


「父の意向で君との婚約を交わしたが、僕は初めから賛成していなかった。今回父が亡くなったことにより、この婚約も解消する。僕はシェリルを妻にするから、君はもう好きにしてくれ」


 スーリアとヒューゴの婚約は、旧知の仲であった双方の両親が勝手に決めた。

 しかし『こんな地味女との結婚は嫌だ』と、ヒューゴは何度もスーリア本人に愚痴をこぼしていたのだ。父親に直接言えばいいものを、厳格な侯爵には口答えできなかったらしい。


 そして、いやいや婚約期間を続けた結果、二人は気づいたら二十歳を過ぎ、ヒューゴの父は病を患って先日亡くなった。

 結果、枷のなくなったヒューゴは、これ幸いとばかりにも婚約解消に至ったのだろう。


「そういうことだから、君とはもう個人的に会うことはないだろう」

「スーちゃんにも、すてきな旦那さまが見つかるように応援してるから!」


 そう無邪気に笑ってスカートの裾を翻し、シェリルとヒューゴは腕を組んだまま部屋を出て行った。



 自宅の応接間で一人になったスーリアは、大きく息を吐く。


「……ふふ……ふ」


 胸の内から込み上げてくる感情を抑えきれずに、無意識に声がもれる。


「ふふふ……ふふ」


 不気味な笑い声が響く室内に、突如扉を開く音が響き渡った。


「スーリア!」

「ふふふふふふふふふ!」

「ス……スーリア?」


 部屋に入ってきた両親は、一人で笑うスーリアを見て一歩たじろぐ。

 両親は先ほどのヒューゴたちの会話を聞いていたのだろう、娘を心配して部屋に入ってきたようだ。


「スーリア、笑ってしまうほどショックだったのね……」

「大丈夫だ、お父さんが必ずいい縁談を探してくるから――」


 21歳にもなって婚約破棄された令嬢を、どこの男がもらい受けるというのか。それこそ訳ありの人物か、年の行った貴族の後妻か。どちらにしろ、スーリアの未来は暗い。

 娘がショックを受けるのも当たり前だと思っていた両親は、慰めるように言葉を紡いだ。


 だが、そんな両親の気遣いなど無視して、スーリアはまっすぐに二人を見る。


「お父さま、お母さま、お願いがあります」


 これは、好機だ。

 きっと幼い頃からの夢を叶えるために、神がくれた機会なのだ。

 絶対に、逃すわけにはいかない。


 スーリアは立ち上がり、大きな声で言う。


「私、庭師になります!!」


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