Dear K
ちえ。
Dear K
『Dear K
君に初めて出会った日の美しさを、僕はいつまでも忘れないだろう。
君がとなりにいてくれた幸福をいつも心の奥底に仕舞い込んで生きている。
たとえもう会うことが叶わなくなっても、僕はずっと君を想っているよ。
出逢えた奇跡に感謝しているんだ。
いつまでも、いつまでも、君を愛している。』
がらんどうの室内。二人の兄はもうとっくに独り立ちし、私も来年から遠方の大学に通う。
部屋の有り余った一軒家は、母一人にはとても広すぎる。
だから、母は私たちが生まれ育った家をたたんでマンションへと引っ越すことにしたらしい。
手伝いに来た兄たちが大きな家具を運び終わった、静かで埃っぽく暗い室内。
私たちが知っている部屋から様変わりしたそこには侘しさが漂っている。
昔からずっと変わらず本棚があった辺りに、古ぼけた封筒が落ちているのに気付いて、私はなんの気なく中身を開いた。
そこに書かれていたのは、『K』への恋文だった。
これは、誰のものなのだろう。
母の名前は『かおり』だ。きっと母が受け取ったものに違いない。
私は見てはならなかった母の秘密を覗いてしまったような気がした。
『K』にあてられた言葉は優しく、甘く、愛情深かった。
私は父の顔を覚えていない。私がまだ小さな頃に、病気で亡くなったらしい。
母は、再婚する事なく一人で私たちを育て上げた。
もしかしたら寡婦として過ごした長い時間の中で、新しい恋愛もあったのかもしれない。
私たちは、母の人生の中であまりに大きな荷物だったんじゃないだろうか。
その恋文の情熱に、ふと苦い思いが渦巻いた。
「あら、その手紙」
こまごまとしたものを纏めていた母が、立ち尽くしている私が持っていたものに気づいて声をかけた。
そして、夢を見るように、とても嬉しそうに顔を綻ばせる。
見たことがない母の乙女のような表情に、私は目を瞬かせた。
「そんな所にあったのね、よかった」
私の手から手紙を受け取った母は、大切そうにそれを胸に抱いた。
「Dear K」
母は幸せそうに笑って言葉を連ねる。
「これは、お父さんから、私たちみんなへのラブレターなの」
母は、『かおり』。兄は、『こうた』と『きょうや』、私は『くみか』
私たちは、みんな『K』であることに気がついた。
私が知らなかったお父さん。
ずっと長い時を越えて。彼にとても愛されていた事を知った。
母は、今までの時間を刻んだ顔で幸せそうに笑う。
「あなたたちは、ずっと私たちの大事な宝物なの」
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