理想の心 2

「バルドル!しっかりして!」

悲鳴にも似た叫び声で、龍族ムスプルによって酷く傷つけられた兵士に呼びかけ続けるのはその母であった。

発見された後、加療院に運ばれた兵士バルドルは、手当を受けたものの、現在も辛うじて息をしている状態であった。

最愛の息子の手を握ることも叶わず、治療され続ける姿を見つめることに疲れた母は、ささやかな祈りを回復魔法に込める。


「創世神<ユグドラシル>様、どうか龍族が作り出す全てのものが、我らを二度と傷つけませんように。」



「どうして龍族はこんな酷いことが出来るの!同じ創世神<ユグドラシル>様の世界に存在すること自体が腹立たしい!」

「過去の戦いの中でも一番酷い!どうして戦士長トール様は一気呵成に出ないのだ!」

「かつての破竹の勢いで戦うトール様はどこへ行ってしまったのだ!戦士長になられてから慎重になりすぎではないか!」

「変わったとしたら、龍族ヨトゥンのところからロキを迎え入れた時ではないか。あいつは龍族のスパイだったのでは…」


兵士バルドルについては緘口令は敷かれていたが、噂は噂を呼び、街の人々の不安の矛先はロキと、交流するトールに向けられていた。


翌日、神殿の前でトールの会議が終わるのを待つロキは、道ゆく人々の話に静かに耳を傾けていた。

向けられた言葉と視線はいつも以上にヒリヒリとしていたが、ロキはそんなものには慣れており、「またか」と言うようにため息をついていた。

しばらく後、トールが現れると人々はそそくさと視線を逸らして散っていった。


「例の兵士が話せるまでに回復したんだって?それは良かった。」

「ああ。まさに奇跡だ。ある時を境に、回復の魔法が急に効くようになってね。その上今回の傷だけでなく、過去の他の龍族の戦いで負った傷まで綺麗に完治してしまったんだ。」

「へぇ。それは凄い。しかし不思議だね。」

「市井の皆は『創世神<ユグドラシル>様の加護だ』と言っている。そして『この戦いはやはり正義は我々にあり、守護者として有利に働いている。使者を待たずに龍族を討つべし』という風潮が広がりつつある。」


「…実際そうなんじゃないか。僕は創世神<ユグドラシル>サマをイマイチ信用していないから恩恵に預かれていないけど、彼はその恵みを受けたと言っても過言ではないくらい、だろ?」

「…ロキ。お前までそういうのか。天翼族の価値観に囚われないのがお前の良いところだろう。そんなこと言わないでくれ。」

「さてね。あまり価値観が離れすぎるとスパイと思われてしまうからね。僕と交流するトール、君にも要らぬ疑惑を掛けられてしまう。ただでさえ使者の件で君はクビがかかっているんだからさ。」

「はぁ、皆ロキを信用していないのは悲しいな。いいやつなのになぁ。」

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