ロキとトール 1
「我々は創世神<ユグドラシル>の守護者なり」
「守護者、ね」
天翼族の神殿の庇に掲げられた碑文を睨み、ロキはぽつりと呟いた
「生きとし生けるものの揺り籠を乱す者共に鉄槌を!」
「創世神<ユグドラシル>の為に身を捧げることこそ、至高の使命である!」
龍族ムスプルとの戦いが始まって以来、日毎に大きくなる兵士たちの檄の声
その声に背中を押されて戦地に送り出される兵士は、これで幾人目となったのだろう
その様子をぼんやりと眺めながら、懐から硬貨の入った袋を取り出し、シャラシャラと軽い音を立ててみる
「護ってやってるんだから、創世神サマも少しくらい褒美をくれたっていいのにな」
「ロキ、お前はまたそんなことを言って。今は戦時だ。仕方ないだろう」
神殿から現れたのは天翼族長の息子、戦士長トールであった
「やぁトール。僕の情報は役に立ったかい?」
「ああ、お陰様でな。やはり今回はヨトゥンたちにも協力して貰わねば」
「理解して貰えるかね。彼らは天翼族とは考えが違うから…創世神<ユグドラシル>の守護なんて言ってもピンとこないだろ」
「それは分かっている。この「姿の地」の覇者がムスプルたちでいいのか、と言うさ」
「はは、僕は「龍族は己の力は何者にも負けぬという絶対の誇りを持っている」って教えただけなのに、なかなか非道い煽り方だね」
「言ってくれるな、ロキ。龍族ヨトゥンの力を認めた上での言葉さ。族長である君の父上は聡いお方だから分かってくれるだろう?」
トールはロキの隣に座り、広場を眺めた
先程の兵士たちは既に街を起ち、後には見送った者たちが未だ家へ帰る気になれないのか、しきりに行ったり来たりしている
「…今回出立した兵士たちが何人戻ってこられるか分からない。世界である創世神<ユグドラシル>の為に命を掛けるのは勿論だが、それ以前に私達も生きとし生けるものの一つなんだ。簡単に失って良いものじゃあない。それは龍族も同じだと思う。」
「その考え、天翼族の戦士長として大丈夫なのかい?先の龍族ヨトゥンとの戦いの戦果として、僕が君と義兄弟になるのは反対意見も多かったと聞いているよ。龍族に連なる者に情けをかけているつもりなら、やめておいた方が良い。」
「いいや、本心さ。龍族と天翼族は同じ「姿の地」に住まう者同士だろ?元々交流は盛んだった訳だし、君のように龍族と天翼族の混血だって昔は珍しくはなかった。…どちらも仲良くできるはずなんだ。」
「仲良く、なんてまるで子どもの理想論だね。現実はそうはいかない。ヨトゥンに協力を仰ぐのだって、謂わばムスプルへの牽制のようなものだろ。」
「ああ、その通りだ。だがそんな小さい理想でも持っていないと、何のために戦っているのか分からなくなってしまうんだ。私のエゴだが、この理想論は捨てないよ。」
「全く甘いなあ、君は。」
ロキの呆れた声に、トールは軽く微笑む
「戦時にこんな甘い考えを聞いてくれるのは君だけなのさ、ロキ。それがどれほど私の安らぎになっているか」
「ああー!分かった分かった!僕で良ければいつでもどうぞ!」
「ふふふ、感謝する」
トールにぐしゃぐしゃと激しく髪を掻き乱され、ロキは思わず潰れた声を出した。
「さて、今日はこれで失礼するよ。戦略とか何とかで会議で頭を使うのはどうも苦手だ。帰ってゆっくり休みたくてね。」
トールはすっくと立ち上がり、空の向こうの兵士たちに拳を突き立てて意気込んだ。
甘い理想を追い求めるその横顔を、ロキは座ったまま見上げていた。
創世神話に語られる「姿の地」は、既に陽が傾き始め、茜色に彩られていた。
美しいその景色の中では、争いという影だけが異物のように浮いて見えるのだった。
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