幸せはどこにでも転がっている
L助
第1話
学ランの背に白い足型が付いた。
今日に限って不良どもの絡みがしつこい。外せない用事があるというのに、こいつらは鞄の中身を知っているのだろうか。
「おい! 何してんだ!」
河川敷に突然振り下ろされる怒号。彼を取り囲む少年たちの動きが止まる。見上げると橋の中腹を駆ける金髪の少年、
瞳は憤怒に燃え盛り、眉間に深い
不意に均衡が崩れる。張り詰めた糸が限界を迎えたのだ。
誰からともなく声が上がり、恐怖は叫びとなって、さらに恐怖を加速する。そうして
飛び上がって駆け出す者。足がもつれて転がる者。仲間の背中を押しのける者。あとにはただ一人、ボロ雑巾のようになった彼だけが残った。
「無事か?」
その言葉に彼は口を
金髪ピアスとボロ雑巾の組み合わせは嫌でも目につく。警察に出会えば補導の対象で、買い物帰りの主婦に見つかれば通報の対象だ。二人は
「なんでやり返さねぇんだよ」
「だって……」
「お前、重いんだからよ。どつけば簡単に吹っ飛ぶだろうが」
「……」
「ったく、いちいち守んのもメンドクセェんだぞ」
閑静な住宅街に横たわる赤茶けた鉄くずの建造物。周りとは明らかに隔たりのある空間。まるで透明な膜が人の侵入を妨げているかのような、異様なまでの静けさの中、二人は足を踏み入れた。
「きったねぇなぁ」
奥にはスーツ姿にワックスで髪を固めた若い男がいた。脚を組みながらソファーの真ん中に座っている。手に
「調子はどう? 随分とボロボロだけど」
「こいつ絡まれてたんすよ。あ、でも、
「一翔くーん、彼の身体も心配してあげないと」
「いやいや、大丈夫っすよ。ほら、こいつデブなんで」
「そっかー」
「恵まれてるねぇ」
男はため息交じりに少年の鞄をひっくり返し、封筒を拾い上げた。
「おー、一翔くーん、お手柄だよー」
「ぜんっぜん余裕っすよ! こいつボンボンなんで!」
「そっかー。なら追加も頼めるよね?」
「もっちろんすよ」
「い、いや、あ、あいつら、ももももう、か、勘付いて」
「うっせぇなぁ!」
起き上がった彼の
「一翔くーん、甘いよ、それじゃあ」
「ぐあああああ」
しかし、その風体を確認することもなく、男は関節の消えた少年の手に背を向けた。
「
「うっす。すいません」
「……。じゃっ、あとよろしくー」
「わかり、ました……」
不快な金属音と共に閉まる扉。革靴が床を叩く音が響く。その音が遠く聞こえなくなるまで、一翔は頭を上げなかった。
「お前のせいで! お前のせいで!」
彼を痛めつけなければ、次は自分だ。
一翔の脚が
肋骨の軋む音。胃から込み上げてくる液体。肺から絞り出される空気。圧迫される心臓。転がる度に鞭打つ場所は変わり、新たな痛みが加わった。
永遠にも感じられる躾の時間。痛覚が熱へと変わり、それすらも感じなくなった頃、それはようやく終わりを告げた。
錆つき、
扉から覗いたのは感情のない真っ黒な瞳。悪魔のようにつり上がった口。絡みつくようなねっとりとした、それでいて無機質な声。
「はい、これ」
一翔が受け取ったのは鈍く光る筒状の棒。決して鋭利ではないものの、絶望を引き出すには十分すぎる凶器。
感情を失った顔で一翔は鉄パイプを振り下ろした。
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