諦観者の導〜狼眼の旅人

しろくま外伝

第1話 アルテンドの怠け者

「おいフィン!聞いてるのか!?」


男は大声を出しながら、草原の木陰に寝そべる男を見下ろす。

彼の名はシャルフ、このアルテンドという村の長の息子である。

正義感は強く、いつも怠けている僕を叱るために探していたらしい。


寝そべる男は右目を特殊な装備で覆っているため、

左目の瞼を少し持ちあげる。


「やぁシャルフ。いい天気だね」


「いい天気だねじゃないだろ?フィン。

今日は大木の伐採を手伝うって言ってたじゃないか」


背が高く、体格はスラリとしている茶髪の彼は、

フィンに向かい手を差し伸べる。


「さぁフィン、今からでも行こう。

まだ一本しか伐採できていないからさ」


フィンは目の前に差し出された手をしばらく見ると、深くため息をつく。


「はぁぁ、わかったよシャルフ」


フィンはシャルフの手を取り立ち上がる。

黒髪の長髪が風になびくと、

美しい碧眼の左目がシャルフを見据える。


「ほんといつ見ても綺麗な瞳だな」


「そりゃどうも。じゃ行こうか」


フィンは地面に横たわる剣を背に着けると、

ゆっくりと森に向かい歩き始め、

シャルフもすぐ後に続く。


「なぁフィン、その剣じゃ大木は切り倒せないぞ。

斧は向こうに持って行ってあるから剣は置いて行けばいいじゃないか。

重いだろ、それ」


「まぁいいじゃないか」


「そりゃそうだけど···誰かに命とか狙われてんのか?

こんなチンケな村にそんな脅威な奴はいないぞ?ははは」


シャルフは速足でフィンに並ぶと、笑いながら肩に手を置く。


「そういうんじゃないよ······ただ剣が好きなだけさ」


フィンは落ち着いた声でそう答えると、悲しげな眼差しで森を見つめる。


二人は森に入り、しばらく歩いていると、

ざくっざくっという音が聞こえてくる。


「さぁもうそろそろ着くぞ。みんなに怒られろ怠け者め」


シャルフはクスクス笑いながらフィンを指さす。


木々をすり抜けた先にある少し拓けた場所に出たフィンは、辺りを見回す。

切り倒された大木の跡を椅子替わりに、

大柄の男達が十人あちこちに腰をかけている。

その中でも一際ガタイのいい大男が声を出す。


「てめぇフィン!またサボりやがって、アルテンドの怠け者め!がはは」


大男の名前はシュルト、シャルフの兄にして次期村長である。

ボサボサ髪でツンツン頭のシュルトは、フィンを指して笑う。


「がははは。働かないやつぁ飯抜きってなぁ!」


フィンは肩を落としながら、ため息をつく。


「はぁ、それは困る。

で、何をすればいいんだい?」


「ほらシュルト兄さん、これから頑張ってくれるんだからご飯抜きは可哀想だよ」


ふと声のした方を見ると、綺麗な茶髪の長髪の小柄な女性が見える。

木の皮で編まれた手さげの籠には、

食事が入っているのだろう。

籠の上は布で蓋がされている。


「ありがとうミリア」


フィンが微笑みかけると、彼女はえへへと恥ずかしそうに下を向く。

彼女はミリア。シュルトとシャルフの妹で、一番下にあたる。


「よぉしお前ら!夕刻までには終わらせるぞ!」


シュルトは声を出し立ち上がると、斧を二本持つ。

フィンはゆっくりとシュルトに近づき手を出す。


「さ、斧を貸してもらえるかな?」


「やる気になったみてぇだな、ぶっ倒れんじゃねぇぞ怠け者。がははは」


時が経ち、夕刻になる頃。

アルテンドの集会所の建物内は、大いに賑わっていた。


かーん


酒の入った木製のコップを打ち鳴らし、

シュルトは立ち上がる。


「さぁ皆!今日は大盤振る舞いだ!飲め飲め!」


「おおお!」


皆も次々にコップを打ち鳴らすと、ぐいっと飲み干していく。


部屋の片隅に一人座るフィンのもとに、シャルフが歩み寄る。


「お疲れフィン。まさかあんなに斧を使うのが上手いとは思わなかったよ。

おかげでいつもよりたくさん伐採することができた、ありがとう」


「剣と同じさ···」


「ん?何か言ったかい?」


フィンが俯いたまま小声で囁くと、シャルフは顔を覗きこもうとする。


バタン


勢いよく扉が開かれると、シャルフはサッと顔を上げ入口を見る。


「フィン!ご飯を持って来たの。

お昼も食べてなかったでしょ?」


ミリアはフィンの所まで駆け寄ると、隣の椅子に座る。


「はは、お邪魔みたいだな」


シャルフはぽんとフィンの肩を叩くと、

皆の所へ戻っていく。


「何を話してたの?

あ、そうそうお腹空いたでしょ?食べて」


ミリアは持ってきた籠を机に置くと、

籠から食事を取り出し並べる。


少し大きめのパンに野菜、魚の塩焼きといつもより豪華な気がする。


「こんなにたくさん?ありがとうミリア、どれもすごく美味しそうだな」


「うふふ、だって今日はフィンが一番お手柄だったもの。

あんなに上手に斧を振れるなんてすごいわ、

どこで習ったのかしら?」


ミリアは照れながらフィンの腕をぐいっと引く。


「たまたま合っていたのかもね。

さ、ミリアも一緒に食べないか?」


「ありがとういただくね。

フィンが来てから半年も経つけど、今日の事はみんな一番驚いていたわね。

その華奢な体にそんな力があるわけねーってね」


クスクス笑いながら、ミリアは塩焼きをつついている。


「骨を断つためには······全身を使って剣速を高め威力を跳ね上げるんだ」


フィンがボソッと小声で呟く。


「フィン?」


ミリアが心配そうにフィンの顔を覗き込むと、

フィンは悲しげな眼差しで答える。


「いや···なんでもないよ」


賑やかな集会所の外は、

夜更けの静けさに虫の囁き声が響いていた。










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