機械天使は砂漠に微笑む
星空青
第1話 絶望は祝福
あの日は確か、すごく晴れていたと思う。雲一つない快晴で、休日だったから、家族で買い物に出かけていたと思う。
いろいろ終えて、帰ろうという時に、奴らは来た。空からやってきた奴らの美しさに私たちは釘付けになった。
「我々は天使。今から我々が行うのは、『祝福』だ」
そう、奴らは言った。奴らが輝いた途端、街に響いたのは悲鳴だった。奴らの攻撃は地球の土地を奪うだけでなく人の命までも奪った。
もちろん、逃げた。両親に手を引っ張られて。私ははぐれないように、手を離さないように走った。でも、奴らはすぐに追い付いてきた。『もうダメだ』と思った時、私の体が両親の体の下に隠れた。
「アカリ、愛してる」
涙を流しながら笑顔で両親は言った。その瞬間、両親の体は砂になった。私は何が起きたのか理解できなかった。天使と名乗った機械生命体は私に気づかず、消えていった。
あれから十年、私は武器を取り、天使と戦うことを決めた。
◆
◆
天使の襲撃から何年か経った頃、天使のコアを動力として使ったロボットが二機開発された。二機のロボットは人類の希望として崇められた。しかし、希望には欠点があった。それは子供しか乗ることが出来ないと言うものだった。大人でも起動することは出来たのだが、脳への負担が大きくすぐに動けなくなってしまった。
生き残った大人たちは辛い決断を強いられた。しかし、決断する以外に人類が生き残るすべは残されていなかったのだ。
◆
◆
二一五〇年六月十日、深夜二時。暗い部屋に少女が一人眠っていた。少女が寝返ったところで、警報が鳴り、同時に部屋の扉が開く。
「アカリ、敵だ。出撃(で)るぞ」
「むにゃ……タツミ?」
アカリと呼ばれた少女は起き上がる。深紅の長髪に緑のタンクトップ、同じく緑のズボン。タンクトップからは少し大きな胸が見えてしまっている。
「寝ぼけてる場合か! 早く着替えろっ!」
タツミがアカリの毛布を奪い、壁に掛けてある制服をハンガーごとアカリに叩きつける。アカリが「痛―い」などと言うが、タツミはそれを無視して部屋を出る。
警報が鳴った時刻。場所は変わって人類軍司令部。緑色の軍服を着た人たちが、慌てていた。
「敵、十時方向より多数接近。上級天使の反応、今のところありません!」
一人のオペレーターが司令部の中央にいる白髭を蓄えた初老の男性に向かって言う。
「非常事態宣言を発令。市民の避難を最優先。総員、第一種戦闘配置。対空兵器で敵を牽制」
人類軍司令トーマス・マッケロイが言う。
「総員、第一種戦闘配置。繰り返す、総員、第一種戦闘配置」
「アカリたちはどうなってる」
「タツミ隊員は起動準備完了。アカリ隊員は起動プロセスに入りました」
「タツミ、聞こえてるな。ポイントD‐3で敵を牽制しろ。アカリが出撃るまでの時間を稼げ」
と、トーマスがマイクを通じてタツミに言う。
『了解』
「アカリ」
『ただいま起動プロセス3までクリア。すぐ出れます』
「分かった。お前はポイントB‐4にて敵を殲滅。そこまでの誘導はこちらでやる」
『了解!』
「敵、進路変更、市街地に向かっていきます!」
「市民の避難を急がせろ。戦車大隊も出せ」
◆
◆
「さてと、行きますか」
アカリが、人型ロボットの胸に空いた穴へと入っていく。座席へ座り、ヘッドセットを装着する。すると、女性の機械音声がコックピットに響く。
『パイロット神経接続完了。バイタル異常なし。起動プロセス3をクリア』
『アカリ』
「ただいま起動プロセス3までクリア。すぐ出れます」
『分かった。お前はポイントB‐4にて敵を殲滅。そこまでの誘導はこちらでやる』
「了解!」
アカリはタッチパネルを操作し起動準備を進める。
『起動準備完了。声紋認証を求めます』
「対天使用決戦兵器第一番機バイアス、起動!」
アカリの言葉に反応し、格納庫に明かりが灯り、バイアスと呼ばれた青と黒を基調としたロボットのバイザーが青く輝き、コックピットのモニターには格納庫の黒い壁が映し出される。
『作戦変更だ。敵が市街地へ向かった。ポイントC‐5にて市民の避難を支援しろ』
「了解」
すると、コックピットのモニターに碁盤上に線が引かれた地図が表示されトーマスが指示した座標に赤い点が映し出される。
バイアスがカタパルトに乗ると、目の前の壁が開き、砂漠が現れる。基地の三階にある格納庫からは地面は見えない。
『カタパルト正常。出撃準備完了(オールグリーン)。いつでも行けます!』
「アカリ・J・ギュナス、出撃ます!」
その言葉と共に、バイアスが勢いよく外へ出る。地面に着地した刹那、大量の砂が宙に舞う。
「バイアスの出撃を確認!」
「《大型剣》(フラガラッハ)用意」
トーマスが指示を出すと、バイアスの目の前に《大型剣》が収納された箱が地面からせり出す。箱から《大型剣》が出てきて、バイアスはそれを掴む。
「各ジョイント正常に作動」
すると、モニターの大半が天使に埋め尽くされピーピーという警告音が鳴り響く。
「行くわよー!」
アカリがハンドルを操作すると、バイアスが走り出す。その後ろで戦車大隊が砲撃をしている。天使に砲撃が命中し、爆発していく。
そして、バイアスが空中へ飛ぶと《大型剣》でバイアスより一回り大きい天使を切り裂いていく。切り裂かれた天使は爆散するが、その寸前、バイアスは天使の片割れを踏み台にして飛び上がり、次々と天使を切り裂いていく。
「あっ、やば……」
飛び上がったバイアスの目の前に天使がいた。あまりにも近いため、武器での迎撃は間に合わない。戦車大隊との距離も離れていて砲撃が届かない。
しかし、目の前の天使に何かが当たり、爆発する。バイアスの後方約一キロにある小高い丘にもう一機のロボットがいた。対天使用決戦兵器第二番機ソルジェー。それが、タツミ・A・ウォーカーの乗る機体である。ソルジェーは青と黒を基調とした色味で巨大なライフルを装備していた。
「ナイスタツミ!」
『ちゃんと周り見ろ。こっちだって忙しいんだ』
「分かってるって。ありがと」
アカリは無線を切り、天使を斬っていく。タツミはまだ市街地に向かっていない敵を狙撃し攻撃する。
そして、残った天使を片付けようとした時、警報音がコックピットに鳴り響く。
「何!?」
アカリが驚きの声を上げる。
目の前の空が金色に輝く。
「司令! 上級天使です!」
オペレーターが叫ぶ。
「タイプは」
「ミカエルです」
「アカリ、やれるな」
『任せてください』
「タツミ、ミカエルが来た。アカリを援護しろ」
『了解』
アカリの前には、右手が剣の形をした天使が現れる。
「さぁ、私と剣の勝負と行こうじゃない!」
アカリはバイアスを走らせる。一歩踏み出す度に砂が舞う。そして上空にいる天使を切り裂きながら、群れを率いているミカエルタイプへと接近し、下級天使を全て切り裂いたバイアスはスラスターを噴出し飛び上がる。
「はぁあああ!」
『ガギン!』
《大型剣》とミカエルタイプの剣がぶつかる。そこで、ミカエルタイプの剣が赤く光始める。それに伴って、《大型剣》も赤くなり、刀身が融解を始める。
「ちっ」
アカリはそれを見て、バイアスのスラスターを勢いよく噴出させミカエルタイプから離れる。ミカエルタイプはバイアスが離れるのを見て赤くなった刀身を振る。すると、高温の熱波がバイアスを襲う。
『ピーピーピー』
バイアスの装甲が危険であることを告げる警報が鳴り響く。アカリはバイアスをジャンプさせ、近くの施設の屋根へ飛び移る。
「もう少しでバイアスが溶けるところだった……」
『こっちで誘導する。その隙に殺せ』
「オッケー」
ソルジェーの放った弾丸が、ミカエルタイプを直撃する。それを受け、ミカエルタイプがソルジェーへと向かう。
ミカエルタイプがバイアスの上を通り過ぎた所で、
「はぁあああ!」
《大型剣》でミカエルタイプの体を真っ二つにし、バイアスはすぐさま離れる。ミカエルタイプは爆散し、残っている下級天使をバイアスは切り裂いた。
「ミカエルタイプ及び下級天使の消滅を確認」
「バイアスとソルジェーを回収しろ。負傷者は」
「市民に負傷はなし。戦闘員五名との報告です」
「総員、第二種警戒態勢。第一、第二防衛線を構築。第二波を警戒」
「了解。総員、第二種警戒態勢。第二波警戒」
格納庫の扉が開き、バイアスとソルジェーが入ってくる。二機はロック用のジョイントに取りつけられると、コックピットが開く。そこからアカリとタツミが姿を現す。
「疲れたぁ~」
「第二波が来るかもしれないんだぞ。気を抜くな」
「はいはい。おやすみ~」
アカリは梯子を使って降りていく。タツミはそれを見てため息を吐いた後、梯子で降りていく。
「はぁ……」
暗い部屋でアカリはため息を吐く。
「眠れない」
アカリは戦いの後は眠れない体質だった。初めての戦闘の後に行われた診断では、両親の記憶が天使と戦闘を行うことで無意識化で蘇り、眠りを妨げているとのことだったが、詳しいことは分かっていない。しかし、薬を飲むことで眠ることが出来たのでアカリはこれ以上の治療を拒否していた。
◆
◆
第二波が来ることはなく、翌朝を迎えた。
「ふぅ……」
アカリはベッドから出ると、上着を羽織って部屋を出てあるところへ向かった。
「失礼します」
「アカリちゃん。いらっしゃい」
扉の向こうには、白衣を着た女性が座っていた。彼女はアルジェ・フリール。人類軍の軍医の中で唯一の精神科医であった。アルジェは自身の目の前にある椅子へ座るよう促す。
「また、眠れなかったのね」
「ええ」
アカリの目の下に出来たクマを見て、アルジェは不安そうな顔をする。
「やっぱり、記憶を封印すべきよ。その方が、あなたの為になるわ」
「でも、家族のこと忘れたくないんです」
「その気持ちも分かるわ。でも、薬に頼るよりあなたの負担は軽くなる」
「分かってますよそんなこと」
「それならなんで……」
「私の戦う理由がなくなるからです」
アカリはそう言った。目に涙をためながら。
「この世界が平和になるまでは、家族のこと忘れたくないんです。お願いします」
「……分かったわ。でも、私が危ないと判断したらその時は迷わず、記憶封印処置をするわ」
「はい」
「薬はあとで届けるわ。今度、お茶でもしましょ」
「約束はできませんけどね」
アカリはそう言って部屋を出た。
「よっ、元気か」
「何の用。タツミ」
部屋を出ると、そこには壁に寄りかかったタツミがいた。
「たまたま見かけたんで、ご飯にでも誘うかなと」
「今食欲ないの。見て分からない?」
「だからこそだよ。腹が減ってはなんとやらって、あんたが生まれた国の言葉があるだろ?」
「うるさい。私、行くところあるから」
アカリはタツミの前を通り過ぎる。
「ほらよ」
タツミが何か投げてくる。アカリはそれを右手で掴む。
「何これ」
「それぐらいは腹に入れとけよ。差し入れってやつだよ《死神》(エースパイロット)さん」
それは栄養補給ゼリーのパックだった。
「ありがと……」
タツミはその言葉を聞き立ち去ろうとするが、
「それと、その呼び方私の前でしないでくれる?」
アカリはタツミを睨みつけてそう言った。
「悪かったよ。だからそんな怖い顔すんなって」
「…………」
アカリはゼリーのパックをズボンのポケットにしまい、去っていく。
基地を抜け、市街地に出る。そこからまたしばらく歩くと、共同墓地にたどり着く。
『尊き生命ここに眠る』
そう、墓石には刻まれていた。アカリは墓石の前で手を合わせる。そして、墓石をなでる。御影石の冷たい感触が手を伝う。
「父さん、母さん」
ここにはあの時着ていた服が入っている。だがそれしか、二人の生きていた証拠は残っていない。それは天使が全て、砂に変えてしまったからである。
涙がこみあげてくるのを必死にこらえる。ここでは絶対に涙を流さないとアカリは決めていたからだ。
「私、頑張るね。だから、見守ってて」
その時、警報が鳴る。アカリはドッグへと走り出した。
◆
◆
「六時の方向より多数の熱源反応。天使です」
「非常事態宣言を発令。市民を第三シェルターへ誘導。戦闘員は第一種戦闘配置。対地迎撃戦用意」
「了解。総員、第一種戦闘配置。繰り返す、第一種戦闘配置」
「二人は」
「現在、ソルジェーが起動準備完了との報告」
「ソルジェーはすぐに準備完了次第出撃させろ。アカリはどうなってる」
「現在ドッグへ移動中との報告」
「航空部隊に出撃要請。出来るだけ数を減らせ」
『こちらソルジェー。出撃準備完了』
「カタパルト確認完了。周囲敵影なし。出撃準備完了(オールグリーン)。いつでもどうぞ」
『了解。タツミ・A・ウォーカー出撃ます!』
「ソルジェー、ポイントF‐7に展開確認。迎撃行動へ入りました」
『司令部へ。バイアス出撃準備完了』
「カタパルト確認。出撃準備完了(オールグリーン)」
『アカリ・J・ギュナス出撃ます!』
「バイアスの出撃を確認」
「ふぅ……」
アカリは目の前に迫る天使を見て息を吐く。すると右から武器の入った箱がせりあがる。そこにはM4A1をバイアスサイズに調整したモノが入っていた。
バイアスはそれを掴み、構える。するとコックピットに照準が表示され、アカリはハンドルのスイッチを押す。刹那、弾丸が発射され天使たちに向かっていく。
弾丸が天使に当たり、爆発する。アカリはバイアスを走らせ弾丸を発射させていく。ソルジェーと航空部隊の援護もあり、ほとんどの天使が消滅していく。五分ほどして、天使は全て消滅した。上級天使の反応もなく、この日は負傷者も出なかった。
◆
◆
電気の消えた暗い部屋の扉が開き、アカリが入ってくる。隊服を脱ぐことなくそのままベッドに倒れる。
「まだお昼なのに疲れたー」
そう言って、ベッドの上でゴロゴロ転がる。そこで、お腹が鳴る。
「お腹すいたなぁ。ご飯食べよ」
食堂に向かおうと部屋を出かけたところで、ポケットに違和感を覚える。そして、タツミからもらったゼリーパックが入っているのを思い出す。
「そういえば、ゼリーあったんだ。それで良いや」
すっかり体温で温まってしまっているが、それを気にすることなくアカリはパックの蓋を開ける。パックを潰してゼリーを喉に流し込むと、マスカットの香りが口の中に広がり、ほんのり甘いゼリーが喉を通り過ぎていく。
「美味しい」
アカリは机をポンと叩く。すると、英語配列のキーボートとモニターが浮かび上がる。画面を指で操作していき、一つのテキストファイルを開く。そこには、天使についてのデータが書き込まれていた。
「…………」
口にパックを咥えたままキーボードを叩く。
『六月十一日:本日も天使に意思があると思われる形跡なし』
と、書き込む。その前の日の行にも、二日前の記録にも同じことが書かれていた。
アカリは天使に意思があるのかについて研究することで、戦う理由を復讐から天使への興味に上書きしようとしていた。しかし、これといった成果がない為なかなか上書きすることが出来ずにいた。
「…………ふぅ」
そして、デスクチェアーの背もたれに全体重をかける。
アカリはまた机を叩き、キーボードをモニターを閉じる。その後、モニターの眩しさにやられた目を閉じ眉間に指を置く。
そして、空になったパックに空気を吐いたり吸ったりを数回繰り返した後、ゴミ箱へパックを放り込む。惜しくも、ゴミ箱の端に弾かれてしまう。アカリはため息を一つ吐くと、デスクチェアーから立ち上がり、ゴミ箱へパックを入れる。
再びデスクチェアーに体重を預けて目を閉じる。眠気がやってきて意識が消えた瞬間、扉が開く、
「アカリちゃん。遊びにきたよー」
茶髪のポニーテールにアカリと同じく軍服を着た少女が入ってくる。
「あぁ、レミ。どうしたの?」
「ちょっと、バイアスのことで話があるんだけど」
「何?」
「いや、この前の戦闘で、バイアスが溶けかけたでしょ?」
「うん」
「それで、塗料を塗り直そうとしたんだけど、なくなっちゃって。それで、別の色に変えようかなって思ってるんだけど」
「あぁ、そういうことね。一部だけ?」
「うん。右足だけ」
「分かった。お願い」
「合点承知の助!」
そう言うと、レミはアカリの部屋を出ていく。アカリはまた眠りの世界に入ろうとしたところでまた扉が開く。
「ごめん! 色聞くの忘れてた!」
「何色でも良いよ?」
「そういう訳にはいかないの!」
「えぇ?」
呆れた顔をしながらも、アカリは立ち上がり部屋を出る。数分歩くと、バイアスとソルジェーの格納庫にたどり着く。
「ちょっと待ってねぇ」
レミは、台車を持ってくる。それには、塗料の入った缶がいくつも並んでいた。
「さぁ、どれがいい!?」
「え、えっと……」
レミは目をキラキラさせながら、アカリを見つめる。
赤、藍、銀、黄、緑、水色。バイアス全体の配色である黒色に合うよう、暗めの色で考える。
「ねぇ、緑色を暗めに出来ない?」
「うーん、残ってる黒色と合わせれば出来なくはないけど……」
「じゃあそれでお願い」
「了解!」
レミはウッキウキな顔で台車を運んでいった。そして、見えないところで、
「よっしゃーやるぞー!」
と、レミの声がした。それにアカリは笑ってしまう。アカリが格納庫を出ようとした時、
「後で、色のサンプルデータ送るからよろしく!」
「オッケー」
壁から顔を出したレミにアカリは手を振って応える。
格納庫を出ると、放送が聞こえる。
『アカリ、タツミ両パイロットは至急指令室へ。繰り返す、アカリ、タツミ両パイロットは至急指令室へ』
アカリは廊下を走り、指令室へと向かった。扉を開けるためのカードを扉右に設置された機械へスキャンし、タッチパネルに数字を入れ指令室へと入る。先にタツミが来ていたようで、ドヤ顔をアカリにかますが無視される。
「よし、揃ったな」
トーマスが二人を見つめ、続ける。
「今回、ここから南方百三十キロの地点で、地下シェルターの残骸が発見された。資源回収作業回収班の護衛を君たちに頼みたい」
すると、トーマスの目の前にあるテーブルに作戦地点のマップが浮かび上がる。
「生存者はなし。目的は資源と食料の確保。作戦の関係上、戦闘部隊は航空中隊と戦車小隊のみだ。お前ら二人で作業班二百五十名の命を護れ」
『了解!』
二人は同時に敬礼する。
「話は以上だ。出発は明朝六時。機体の準備を万全にしとけ」
『了解』
二人は指令室を出ようとするが、
「二人とも、ちょっと待て」
トーマスは二人を止める。
「アカリ」
「は、はい」
「無茶はするなよ」
「了解」
「アカリは行って良い」
アカリは会釈をすると、指令室を出ていく。
「タツミ」
「はい」
「アカリを頼む。アイツの無茶を止められるのはお前ぐらいだからな」
「任せてください」
タツミは振り向いた体を扉へと向け指令室を出る。
◆
◆
「あっ、アカリどうしたの?」
格納庫でパソコンを叩いていたレミが入ってきたアカリに気づき声をかける。
「いや、明日急に出撃することになったからさ」
「マジかぁ」
「ああでも、資源の回収出来るから云々言ってたよ?」
「ふぅん。場合によっちゃ黒の塗料作れるかもねぇ」
レミは目を輝かせて言う。
「とりあえず、仮の塗装だけしちゃうね。機体の調整してく?」
「まだ時間あるし、そっちが終わってからでいいよ」
「了解。持ってく武器は?」
「《大型剣》とハンドガンで良いかな」
「一応、ARも持ってきなよ。何が起こるか分からないから」
「ありがとう。レミ」
「どうってことないって。これもメカニックの仕事だもの」
「じゃあお願い。あとでまた来る」
「はいはいー。待ってるよ~」
レミは格納庫から立ち去ろうとするアカリに手を振る。アカリはそれを見て軽く手を振り返して格納庫を出ると、自分の部屋に戻り仮眠を摂る。
数時間後、レミから連絡が入り、アカリは再び格納庫へと向かい機体の調整に入った。さらにその数時間後、バイアス・ソルジェーの両機は大型輸送機バハムートへと積み込まれ、作業員と資材、重機は中型輸送機ヨルムンガンドへ搬入された。それに戦闘機十機が守備に就くために編隊を組む。
「司令。時間です」
「これより、南方地下シェルター資源回収作戦を開始する。良い報告を待っている」
トーマスがマイクを通し話す。
「バハムート離陸許可。続いてヨルムンガンドⅠ離陸許可。ヨルムンガンドⅡ離陸許可」
「輸送機全機、離陸完了。防衛圏内から離脱していきます」
「輸送機がレーダーから消え次第、対天使用隠密装置(インビジブル)を起動しろ」
「了解」
トーマスの指示にオペレーターがキーボードを操作していく。トーマスは椅子へと座り、息を吐く。
対天使用隠密装置とはバイアスとソルジェーが出来る前に開発された装置で、これを使うことで天使から身を隠すことが出来たが、膨大な量のエネルギーを使う為、バイアスとソルジェーが開発されてからはあまり使用されることはなかった。
その後、輸送機三機と戦闘機十機が基地の防衛圏内を離脱し、対天使用隠密装置が起動され、基地と街は消え天使とアカリたちから視認出来なくなった。
◆
◆
同時刻、大型輸送機バハムート内。
「えぇ、こちらパイロットのジェームスです。目的地到着までの間、ごゆるりとお過ごしください」
輸送機に設けられた二人部屋の仮眠室に声が響く。
「ふぁぁ、お休み」
タツミが薄い毛布を掛けて寝転がる。その衝撃が下に眠っているアカリのベッドにも伝わってくる。
「お休み」
アカリも目を閉じる。輸送機の揺れのおかげですんなり意識をなくしていく。
この後は特に何も起こることはなく、輸送機軍は予定通りに目的地に到着した。
「バイアスとソルジェーを出せ!」
作業員の声と共に、バハムートのハッチが開きバイアスとソルジェーが顔を見せる。バイアスの両足にはハンドガンが一丁ずつ付けられ、背中には《大型剣》が接続されており、予備のボックスにARが入っている。ソルジェーはいつもとは違い、バレルが長い《超長距離支援銃》(ジークフリート)を装備しており、腰にはいつも通りの狙撃銃が接続され、左手に持ったボックスには《超長距離支援銃》の弾薬などが入っている。
アカリたちはバイアスとソルジェーをあらかじめ決めた場所へ配置する。
「あーあ、私も調査に行きたいなぁ」
「しょうがないだろ。俺たちは戦うことが仕事なんだ。それぐらい諦めろ」
「はーい」
バイアスのバイザー型センサーを通してコックピットに映し出される映像には、作業班の人たちが資材を取り出すための作業が見えていた。
「しっかし、よくこんなシェルターが残ってたなぁ」
「ほんとだよ。天使に全部砂漠化されててもおかしくねぇって」
「奇跡だな。こりゃ」
作業員の面々がそんな会話をしている。今回見つかった地下シェルターは、全長が十キロほどの物で、生命反応はなく、残っていたのは食料、弾薬などを作る為の資源が大体を占めていた。
運び出された資材が全て輸送機に積まれ、作業班の撤収作業が始まろうとした途端。
「班長、天使です!」
「了解。総員、第一種戦闘配置。作業班及び非戦闘員は至急地下シェルターに避難。バイアス、ソルジェーの両パイロットは輸送機を護れ」
『了解』
アカリとタツミの声が同時に無線機から放たれる。その直後、航空隊が出撃していく。バイアスが輸送機全てをカバーできるポジションに移動する。
「航空隊より報告、敵は一体のみでこちらに向かっています」
「よりにもよって上位種か。タツミ、ウリエルが来た。射程に入ったら《超長距離支援銃》の徹甲弾で牽制、奴に《天使の扉》を開かせるな」
『了解しました』
「アカリは奴が怯んだ隙に行け。一体だけなら輸送機はなんとかなる」
『了解』
「航空隊、アルファー隊からガンマ隊まで反応……消失(ロスト)しました」
「避難は」
「全員完了との報告です」
「航空隊に退却指示を。あとは二人に任せる」
「了解。我々は……」
「航空隊の撤退確認後、速やかにシェルターへ避難だ」
「はっ!」
『敵をこちらのモニターで視認しました』
タツミからの無線が入る。
「では作戦通りに進めろ。想定外の事態には現場の判断を優先する。輸送機の保護を最優先に考えろ。二人とも、良いな」
『アカリ了解』
『タツミ了解』
◆
◆
「通常弾から徹甲弾へ切り替え」
タツミがコックピットのタッチパネルを操作していく。すると、ソルジェーが《超長距離支援銃》のコッキングレバーを引き、装填されていた通常団を輩出する。その後、マガジンを外し、ボックスから徹甲弾の入ったマガジンを取り出し《超長距離支援銃》に取りつける。
そして、コッキングレバーを引き、徹甲弾を《超長距離支援銃》に装填する。
「アカリ、そっちから見えるか?」
『まだ見えない』
「了解」
通信を切った直後、レーダーが天使の接近を捕らえたことを知らせる警報がソルジェーのコックピットに響く。
「来たか」
タツミは《超長距離支援銃》のスコープを覗かせるようにソルジェーを操作する。スコープの望遠を最大にしていく。それでも、ぼんやりとしか天使を視認することが出来なかったが、スコープに刻まれた十字の線の中心を天使に合わせ固定する。
「これだけ見えれば充分だ」
そして、レーダーが《超長距離支援銃》の射程圏内に天使が侵入したことを知らせるブザーを鳴らす。
タツミはハンドルのスイッチを押す。すると、ソルジェーが《超長距離支援銃》の引き金を引き、弾丸を発射する。そのまま、弾丸はバイアスの直上を通過し、天使に直撃し爆発する。
「さっすがタツミ」
アカリは感心するが、
『感心してないでさっさと天使をやれ』
「分かってるよっ!」
アカリはバイアスを墜落していく天使に向けて走らせていく。そして、バイアスは踏み切り、《大型剣》を振りかぶり、天使を切りつける。しかし、天使は右手を剣に変形させ、バイアスの《大型剣》を止める。
「なっ……」
そのまま、バイアスと天使は地面に落ちる。バイアスはすぐに天使から距離を取り、《大型剣》を構える。
砂埃が晴れると、天使が金色に輝き始める。
「チッ、タツミ援護!」
その直後、《超長距離支援銃》から放たれた弾丸が天使に当たり、天使の輝きが止まる。
「はぁっ!」
《大型剣》で天使の左側面を切りつける。天使の体は簡単に二つになり、爆発する。
「これで…………何っ!?」
バイアスの目の前が金色に光だす。アカリはすぐさまバイアスを後ろへ後退させると、上空から倒したはずの天使がバイアスの目の前に現れる。
「まさか、すでに《天使の扉》が開いて……きゃっ!」
天使が急接近し、バイアスを吹き飛ばす。バイアスが飛ばされた衝撃で、砂が宙に舞う。その所為で天使がアカリの視界から消える。
アカリは倒れたバイアスをすぐに立ち上がらせる。
『おい、なんで天使が生きてる。奴は《天使の扉》を開いてないだろ?』
「知らないよ。来る前から開いてたんじゃないの?」
『そんな芸当奴らに出来る訳……』
「現にやってるんだから黙って援護を……チッ」
そこで、天使が急に現れ、バイアスに突進する。バイアスはそれを受け止めると。《大型剣》を手放し後ろへ下がる。そして、両足にマウントされたハンドガンを天使に向けて撃つ。何発か命中しその中の一発が天使のコアに当たり、天使が爆散する。
しかし、また警報がコックピットに鳴り響く。
「あぁ、もう! 何体いるのよ!?」
『落ち着け。《天使の扉》で作れるのは三体の分身だ。残りの二体のうちどっかが本体なんだ。二人で一体ずつやるぞ』
「了解。任せたわ」
バイアスは背中にマウントされたARを上空へ向ける。そして、モニターに天使が入ったことを確認すると、小さいながらも天使の姿をモニター越しに捕えることが出来た。
「…………ふぅ」
アカリは一つ息を吐くと、ハンドルを操作して慎重に照準を合わせる。
『ピピッ』
照準が天使にロックされたことを告げる音が鳴り、アカリはハンドルのスイッチを押す。
放たれた弾丸は、上昇していく内に弾道が逸れ、コアではない場所に当たる。
「チッ」
アカリは舌打ちをしてもう一度天使を狙おうとするが、天使は弾丸に当たり落下地点が変わっていた。バイアスの約一キロ付近に天使が落ちる。アカリは落下の衝撃で出来た砂柱を見てバイアスを走らせる。
途中で《大型剣》を拾い、ARを背中にマウントする。
「くらえぇええええ!」
バイアスは飛び上がり、《大型剣》の先端を落ちた衝撃で動けないでいた天使のコアに付きつける。これによりコアが破壊され、天使は爆散する。
◆
◆
アカリが天使を倒した少し前、タツミは《超長距離支援銃》の弾丸を徹甲弾から追尾弾に切り替えていた。
「さてと、反応が……これか」
レーダーにはバイアスと天使がおり、それとは別の天使の反応がソルジェーから八キロ先にあった。
ソルジェーは《超長距離支援銃》のコッキングを引き、薬莢を排出すると同時に追尾弾を装填する。
タツミはレーダーを見て天使の動きを確認する。大体の天使の動きがレーダーに映し出される。
狙撃ポイントを決め、ソルジェーは《超長距離支援銃》を構える。数秒後、天使が狙撃ポイントに到達したことを告げる音がタツミの耳に入る。タツミはハンドルのスイッチを押す。それに反応しソルジェーが《超長距離支援銃》の引き金を引く。追尾弾が発射され、天使に向かっていく。数秒後、追尾弾が命中し、上空で爆発する。天使の影がソルジェーに向かてくる。タツミは急いでタブレットを操作し徹甲弾を装填させる。そして。コアに狙いを定め引き金を引く。徹甲弾は見事コアに命中し天使は消滅する。それとほぼ同時にバイアスの側からも爆発が見える。
『こっちは終わった。そっちは?』
「こっちも終わった。戻るぞ」
『了解』
◆
◆
「よし、じゃあ本部に戻るぞ。お前らはバイアスとソルジェーを輸送機に積み込んでそのまま待機だ」
『了解!』
班長の指示に二人は無線で答える。帰投の準備はすぐに整った。その日の夜、すぐに飛びだった。
輸送機の仮眠室。アカリとタツミは二段ベッドにそれぞれ横になっていた。
「やっと帰るねぇ」
「言ってもほぼ日帰りだろうが」
「まぁね。おやすみ」
「あぁ。お休み」
二人は目を閉じる。
そして、本部には脅威が迫っていた。
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