04
ルリィに着替えさせて貰いながら、わたしはいつもどおり『アルコルズ・キス』の簡単なおさらいを脳内で行う。記憶に欠落がないかの確認だ。
紙には書かない。情報が多くなりすぎた四度目だか五度目の『わたくし』が紙にまとめてしまい、それがバレてスパイだの売国奴だの、そんな扱いをされ、そのまま本編の時代が来る前に追放され死んだことがある。
わたしが五歳の時点では国家機密であることまでまとめていたのだから当然と言えば当然か。
あの頃のわたしは、今回は絶対うまくやれる、と過信しすぎていたのだ。同時に、何度も繰り返されるサネア・キシュシーに、現実感が消えかけていたというのもある。
けれど、何度目であろうと、どちらの世界にいようと、『わたくし』と『わたし』が生きる自分であることに変わりはない。反逆の罪に問われ、首をはねられたかつてのわたしは、再度強く心に刻んだ。
――『アルコルズ・キス』は、ダークファンタジーに分類される乙女ゲーム。
ヒロインであるフィトルーネは人の死期が見える子爵令嬢。しかし、ある日死期が全く見えない攻略キャラたちに出会い、興味を持ち、恋をしていく、という、基本的に死が隣り合わせの世界観になっている。
だからか、ハッピーエンド以外は必ず誰かしら死ぬ。常に生か死か。間がない。
わたしが、婚約破棄程度で転がるように死へと向かうことになるのは、世界がそうなっているからに違いないのだ、きっと。
わたしが、わたしのハッピーエンドを見つけるまで、わたしはろくな死に方をしない。死んでも生き返る、と分かっていても、死ぬのは痛くて怖いし、時折、本当にまた生き返れるのかと考えると、不安でたまらなくなる。
本当の最後――ハッピーエンドを迎えるためには、まずは婚約破棄を回避せねば!
孫……はちょっと贅沢にしても、夫と子供、家族に看取られて死ぬのがわたしの理想のゴール。老衰ならなお良し。
始めに重要なのは、義弟とセルニオッド様に好印象を与えることだろう。こればかりは何回やっても変わらない。わたしの周りで一番かかわりのある『登場キャラクター』でもあるのだから当然だ。
義弟は、キシュシー家の分家筋から引き取られる男の子。攻略キャラでこそないが、義弟に殺されるパターンが最も多いので、情を持たせておきたい。
大抵は、死にかけているのに義弟から嫌われているせいで助けてもらえずそのまま死ぬ、という流れだ。
死にそうになったら助けてもらえる程度には仲良くしておきたい。
セルニオッド様は言わずもがな。攻略キャラである彼に婚約破棄を言い渡されたら、それはわたしへの死刑宣告と同義である。
無事に結婚できた前回でも、結局数年で見放され、その結果、暗殺されるという、やはりろくでもない死に方をしたので、セルニオッド様はとにかく好感度を上げ続ける必要があるだろう。愛される必要はない。しかし、とにかく殺されない程度の情を彼に持ってもらわないと。
今日がわたしの誕生日であれば、あと一ヶ月程度で義弟が家に来て、一年後の、六歳の誕生日にセルニオッド様と顔合わせになる。
つまりは、この一年が勝負なのだ。
今回はどう攻めようか、と考えていると、「お嬢様、聞かれていますか?」とルリィに窘められた。
記憶の整理に忙しく、ルリィの話を全く聞いていなかった。というか、話をしていたことにすら気が付かなかったというのが正しい。
大方、今日の誕生パーティーの話だとは思うが、適当な相づちはしない。それで痛い目にあいまくっているのだ。
「ごめんなさい、ルリィ。もう一度お願いできる?」
わたしがそう訪ねると、ルリィは、「人の話はしっかり聞くものですよ」と前置きをして――爆弾発言をした。
「本日のお嬢様の誕生日パーティーにセルニオッド殿下がいらっしゃいますから、一度奥様にご挨拶の確認をなさいますか?」
……今、なんて?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます