黒い水
ましょ
背中
君は、思ったよりも背中が大きかった。いつも猫背で、何かを妬んでいるようにみえるせいで気づかなかった。守ってあげたいと思っていたはずの背中が妙に男らしく見えて、少し恥ずかしい。
「俺、もうあがるね」
立ち上がった君がシャワーで体を流している。わかった、と返事をして湯船につかる。同時に君がドアを開けて出ていった。二人で入ると少し狭いこの湯船は、一人で入ると少し広い。お湯が漏れなくて肩まで浸かれてしまうから、余計に君の体が大きいことに気づく。ふぅとため息を吐き、吸う。体を滑らせ、頭の先まで湯船につかる。代わりに足の先が出てしまうが、こうすると簡単に体が温まるので早くお風呂から出れるのだ。うっすら目を開けると光がゆらゆらとぼやけ、きれいだ。頭がぼうっとし、それ以外のことを忘れる。君が湯船に浸からなくなった日から、この風景が代わりにあたしの心を温めてくれていた。
髪を乾かし終え、洗面所から出る。冷凍庫からアイスを取り出そうとするが、ない。リビングに向かうと君がテレビを見ながら寝っ転がっている。そのそばに空のアイスのカップとスプーンが転がっていた。
「アイス、勝手に食べたでしょ」
「…あ、ごめん」
テレビに気を取られた君が上の空で謝る。
「言われたやつ買っておいたんだけど気づかなかった?」
「え、まじ?」
そういった君がすぐに立ち上がり、冷蔵庫へ向かう。勢いよく扉を開くと冷蔵庫からペットボトルの炭酸飲料を取り出した。
「瓶のやつがいいって俺言わなかったっけ?」
君が少し不機嫌そうにペットボトルを睨みながら言う。
「探したんだけどなかったの」
「……ふーん」
仕方ないか、とでもいうように息を吐いた君がまたソファーに寝っ転がった。あたしも冷蔵庫から同じものを取り出す。赤いラベルに黒くて甘い強炭酸が入ったそれは、君の大好物だ。君があまりに飲むから、もともと好きではなかったあたしもいつの間にかよく飲むようになっていた。ソファーに向かうと、それに気づいた君が足を下す。君の隣に座り、キャップを捻るとはじけるような音がして炭酸が飛び跳ねる。しゃあしゃあと音を立てるそれを口へ運ぶと凄まじい清涼感とともに強炭酸が喉で暴れる。目の奥が痛くなり、口には体に悪そうな甘さだけが残っていた。
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