三ツ足の九郎丸
木々暦
第一部
序章 追放編
第壱話 血錆
増援 求ム 至急
それが待機していた本隊に
それを伝えた隠密によれば、居ないはずの生存者を発見と同時、目標と遭遇。生存者を庇って仲間が負傷し、それを助ける為に隠密頭が残った、と。
偵察の為、本隊に先んじて放たれた斥候隊は三人一組。伝言を届けた一人、負傷した一人。つまり、隠密頭は単独で《奴》を相手取っているということか。
本隊の脚が早まる。
斥候隊の頭を任されるだけあり、件の人物は優秀だ。だがそれは飽く迄隠密としてのこと。隠密の本分は隠れ、潜み、影に徹することにある。戦いではない。
あれほどの実力者、むざむざやられるとは思えぬが、果たして何時まで保つか。
早く、早く、もっと速くッ……!
本隊の面々は仲間の危機に急く気持ちを抑える。夜の帳の下りる山奥、足場も視界も悪い。
前方で突然、カッ、と閃光が瞬いた。
影絵のように、はたまた格子のように、白を背景に乱立する木々の黒々とした姿が映し出される。
あれは、九郎丸殿の閃光玉ッ。
腰の得物を各々が抜刀しながら、一瞬で消えた光の元へ疾駆する。
「九郎丸殿ッ! ご無事かッ⁉」
木々の間をすり抜け、奇妙に開いたその場所で初めに目にうつったのは巨躯だった。視界を覆いつくす程に巨大なその姿。間違いない、《奴》だ。
赤錆の如き体毛と六つ三対の目玉を持つ、《血錆》と名を与えられた巨狼。
その異相に全身の産毛が逆立った。
咄嗟に身構えるも、それの眼中に己は無いと知る。
闇に紛れる艶消しの黒塗りが施された棒手裏剣が三本、矢もかくやという速さで放たれ、巨狼の六つの目の内の三つを的確に貫いた。
鼓膜が破れるかと思うほどの咆哮が獣の
三つの眼から血涙を流し、残る三つの眼で巨狼は虚空を睨んだ。
その先、夜闇に紛れる黒衣の人影がある。それはより深い影から影へと飛び移りながら、時折牽制に棒手裏剣を投擲するも堅い毛皮に阻まれる。
《血錆》がその凶悪な爪を生やした前足を振りかぶった。山の木々をまるで華奢な草花のようになぎ倒しながら闇を縫う人影を仕留めんとする。この開けた場所はあの魔物によってつくられたものだったのだ。
影は出来うる全てを用いて回避を試みたが、しかし僅かに遅く。地を蹴ったその片足が巨狼の腕に捕えられた。
「九郎丸殿ッ!」
片足を爪の先が掠った程度だというのに、その薙ぎに比べあまりに軽い人の身はいっそ滑稽な程容易に吹き飛んだ。火縄から放たれた鉛玉のような速さで人影は木々の中の暗がりへと消える。
慌てて救援に赴こうとする肩を誰かが引き止めた。
「既に向かわせた。我らは《奴》を狩る」
冷静なその声に唇を噛む。
どうか無事でいてくれと切に願いながら、白刃を構えた。
「我らマガリの力を示す時ぞ。掛かれェッ‼」
その号令を合図に、オウと叫び様々な得物を携えた主力部隊が一斉に、赤錆の魔物へと飛び掛かった。
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